<第五話・七不思議の謎>
放課後。
新聞部の他の部員達から情報提供を受けた後、香帆は小宵と共に残って新聞部の資料室にいた。小宵に呼ばれた時、他の部員達(特に三年生)から妙に同情した目で見られたのは多分気のせいではないのだろう。どうにも他の部員達の間では、香帆は“不幸にも部長に気に入られてコキ使われている可哀想な一年生”ということになってしまっているらしい。強ち間違ってもいないのが悲しいところである。確かに、一年生の中では一番熱心に新聞部の活動に取り組もうとしていたのは確かかもしれない。なんといっても入部時に、一年生三人で揃って簡単なスピーチをさせられたのである。萎縮していた男子二人と熱意をはっきり伝えた香帆では、大きな差があったのは間違いないことだろう。
「結局、今日は聖君は捕まらなかったのね?」
「はい。休み時間も放課後も、すぐどっか行っちゃって無理でした。……お役に立てなくてすみません」
「いいわ。その夏美ちゃんて子っけ? その子の話聞けただけで十分収穫だもの。社交性もあるようだし、それとなくその子通じて水泳部あたりから話を聞いて貰うのも悪くないかもね。水泳部といえばほら、プールがあるから」
「はは……」
この人はほんと使えるもんなら何でも使うタイプなんだなあ、と香帆は苦笑いする他ない。いや、それが悪いとは言わないが――正直だからといって、友人をそういう調査に使うのは香帆も気が引けるというものである。
何でプールがあるから、なんてことを小宵が言うのかといえば。お約束、七不思議の一つがそのプールにかかっているからである。
七不思議の一。
第一コースを泳いでいると、突然足を引っ張られることがある。過去に、プールに忍び込んで勝手に泳ぎ、排水口に吸い込まれて死んだ子供がいるからだという。足を引っ張られてすぐプールサイドに捕まれば助かるが、そのまま泳ぎ続けると同じく排水口に吸い込まれて溺死させられてしまうことになる――。
まあ、微妙にありそうな話ではある。排水口に吸い込まれて死ぬ、なんて縁起でもない話だが。
幸い、この七不思議で実際に人が死んだ、という話はまだ無いようだ(学校の体制を考えると、そういう話があるのに隠蔽している可能性があるのは否定できないけども)。夏美が言っていた“危険度の高さ”は恐らくこういうところにあるのだ。この七不思議の場合は、すぐプールサイドに捕まれば助かる、とあるのだから。対策をちゃんと知っていれば、それで死ぬことはないということなのだろう。
正直第一コースというのがげんなりするところであるのだけれど。――最終コースならともかく、第一コースを使わないで授業や練習をすることなどそうそう無いだろうから。
「ま、今回はプールの方は関係ないでしょ。その……太田クン、だっけ? 彼がいなくなる原因があるとしたら、やっぱりそっちのエレベーターの怪の方が可能性高いと私も思うし」
パソコン検定の資格を既に持っているとかで、小宵のキーを打つスピードは非常に早い。彼女はさっきから、情報を調べつつまとめつつ話しを進めるという離れ業をやってのけている。頭がこんがらがったりしないんだろうか、と香帆は不思議で仕方ない。
「夏美ちゃんの言う事は正しいわよ。……この学校の形、妙だなあとは私も思ってたの。学校そのもの、特に中央校舎の付近に悪いものを溜め込むような構造になってるのよ。だって、鬼門の方に玄関があるのに、裏鬼門の方に出入り口がないのよ? 入ってきた“鬼”が、出て行く道がないじゃないの。なんでそんな危ない環境の“学校”をこんな風に作ったのやら」
「ですよね……」
「しかも聞いて驚きなさいな。この“
「うええ………」
変な声しか出ない香帆である。聞けば聞くほど、この学校と土地がマズイ気しかしない。偏差値もいいし治安もいいし、おまけに学費が非常に安いと三拍子揃っているゆえ迷わずこの招来学園を選んだのだが。もしやそれそのものが失敗だったんだろうか、と思わずにはいられない。いや、入学したばっかりでアレなんだけども。友人の何人かが落ちているのも知っているのにこんなことを思うべきではないのだけども。
「明らかに、この学校に何か“悪いもの”を意図的に集めているとしか思えないのよ。……そして、今の七不思議もね。びっくりな話、ほとんどが中央校舎付近に集中しているの。七不思議の内容は時代と共に移り変わっているみたいなんだけど、やっぱり歴代の“七不思議”も妙に中央校舎付近である確率が高いのよね」
タタンッ!と彼女のしなやかな指がキーを叩き、画面にこの学校の簡易的な地図が表示された。図面に赤い矢印と文字が表示され、該当する七不思議の表示が増えていく。
――第一の七不思議であるプールは、校舎の外にある。けど、残った六つのうち五つが……中央校舎のあたりだ……!
第一の七不思議、“プールに潜む手。”
第二の七不思議、“押しつぶしの体育倉庫。”
第三の七不思議、“異次元に繋がるエレベーター。”
第四の七不思議、“音楽室の首吊り死体。”
第五の七不思議、“呪われたWEBサイトへの入口。”
第六の七不思議、“飼育小屋に一匹増える。”
第七の七不思議、“屋上で招くカナコさん。”
このうち、第一と第二を除く、全ての七不思議が中央校舎のあたりに集中している。生物部がウサギを飼うのに使っている飼育小屋も、中央校舎の前に位置しているときた。屋上も、昇ることができるのは中央校舎の上だけである。
――そして私たち一年生の教室も中央校舎なんだよなあ……あああ、なんでこうなるのかなあ。
頭を抱えるしかない。いや、まだ七不思議が本当に現実にあると決まったわけではないし、完全にそれが本物だと香帆も信じたわけではないのだけれど。こうまで嫌な条件が重なると、このままではとんでもない出来事が起きるような気がしてしまうのは、どうしようもないことではないだろうか。
「今回、太田君が消えたと考えられているのはこの第三の七不思議、ね。今この学校にある七不思議の中では、“異次元に繋がるエレベーター”だけが“神隠し系”に属するの。この怪異に関わる人間が最終的に消えて、そのまま帰ってこないって意味でね。他の七不思議は、呪われるようなことがあっても基本的には消えた人間が死体で転がり出るからちょっと違うってわけ」
「死体になるのも凄く嫌なんですけど。……異次元に繋がるエレベーターって、そんなに消えた人がたくさんいるんですか?」
「たくさん、ではないわね。というのも他の七不思議と比較すると、この“異次元に繋がるエレベーター”って話は新しい方なの。先輩の調査ノートによると、少なくとも二年前には存在してないわ。代わりにあったのは、“階段から覗く顔”って話だったみたい。……奇妙なのは、この階段から覗く顔っていう怪談話は、このエレベーターの話とは全く似ても似つかぬ内容だってことよ」
場所は近いんだけどね、と小宵。彼女がぱっと出してくれた資料には、その怪談の内容がばっちりと記されていた。それはあのエレベーターがある隣――その怪談に、逢魔が時になると顔だけの幽霊が出現する、という内容の話であった。その幽霊に見られた人間は、どこを見つめられたかによって起きる不幸が変わるというのだ。腕を見られた者は腕に怪我をし、目を見られた者は目に怪我をする、といった具合にである。
「確かに、異次元に繋がるエレベーターの話とは全然違いますね。噂が変化したってレベルじゃなく」
「でしょ。……なのに、先輩がこの調査をした直後、この“階段から覗く顔”という噂は綺麗さっぱりなくなってたらしいの。……文字通り、みんなの記憶からその噂そのものが消えていたってことみたいなのよ。昨日まで噂していたその話を、一日で突然みんなが忘れたってことみたい。先輩も、自分が書いたメモを見なければ思い出すことはなかっただろう……って此処にあるわ」
背筋が寒くなった。それはまるで――誰かが、自分達全員の記憶に干渉して、噂そのものを消していったみたいではないか。
「そして、いつの間にかこの七不思議の穴を埋めるように……異次元に繋がるエレベーターの話、が出来た。やっぱり間違いないわね。七不思議の存在そのものが、誰かによって意図的にコントロールされている……!」
調べれば調べるほど、発覚する内容はスケールが大きく、恐ろしいものであるはずだというのに。パソコンの明かりに煌々と照らされた小宵の顔は、楽しくて仕方ないように見えた。
危機感がないのか、彼女には。いや――それとも、危機感そのものを楽しんでいるのだろうか、彼女は。
「……先輩、楽しんでいる場合なんですか? 本当に人が消えたかもしれないんですよ?」
若干不謹慎であるのも事実。一応これも後輩の努めと香帆が嗜めれば、わかっているわよ、と彼女はぺろりと唇を舐めた。
「危険なら尚更調べないわけにはいかないわ。このまま放置すれば、ますます犠牲者が増えるかもしれない。……事件が起きるにせよ、解決されるにせよ、香帆ちゃんだって何も知らないままなんて嫌だと思うから此処にいるんでしょ? ……私たちだって一応、アマチュアとはいえジャーナリストの端くれみたいなもんだもの。真実は、解き明かされる為にあるのよ、違う?」
「ミステリ中毒な名探偵みたいなこと言わないでくださいよ。……何か、アテでもあるんですか?」
「いくつか無いわけじゃないわね。……明らかに何かを知っているとしたら、オカ研の子達でしょ? そしてそのオカルト研究会がひた隠しにしている、怪我をして入院している三年生の柊空史。彼についても調査が必要だわ。三年生だから、私からも情報収集してみるつもりだけどね」
じゃあとりあえず、と彼女は立ち上がる。嫌な予感がした。香帆はまさか、と思って顔を顰める。
「今から、その柊君が入院してる病院、行ってみましょうか?」
そういう予感ほどあっさり的中するものだ。小宵はにやり、と不敵に笑ってみせたのだった。
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