<第三話・悪魔の証明>

 本当に、自分なんぞが首を突っ込んでいい案件なんだろうか。香帆は不安に感じてはいたものの、小宵にああ言われてしまってはどうにもならない。それに、今回の一件が明らかにおかしいことは自分でも感じているし――出来るなら、解き明かしたいという気持ちがあるのも事実ではあるのである。

 何より、巻き込まれているのが――見知らぬ仲ではない人間なら尚更だ。


――七不思議……オカルト、かあ。そういえば、聖のヤツはめっちゃそのへん独特な考え持ってたんじゃなかったっけかなあ。


 昇降口に向かいながら、香帆は思う。小学生くらいの時、肝試しが妙に流行した時期があった。まあ、それくらいの年代の子供が、そういう場所を見かけたら一度は試してみたくなるものだろう。

 林間学校でのこと。先生は当然、時間になったら寝ろとしつこく言ってきてはいたのだが――悪ガキ連中が、そんな教師達の言葉を素直に聞くはずがなく。そして、自分たちのクラスは、悪ガキと言えば男子に限ったことでもなかった。夜に男子の部屋に突撃して枕投げに参戦し、男子が肝試しをしようぜと言い出せば悪ノリして一緒に宿舎を抜け出すくらいのことはやらかす女子連中が揃っていたのである。

 そう、五年生の時だ、あれは。

 自分達の学校は当時、二年ごとにクラス替えをするシステムだった。毎年クラス替えをする学校が多い中、そこそこ珍しかったに違いない。まあ、先生方にもいろいろ事情はあったのだろう。つまり、五年生と六年生は二年間同じクラスが継続したというわけである。そして、その時香帆は、聖とも同じクラスであったのだ。

 その聖は、相変わらずの面倒くさがりで――そのせいか、肝試しへのお誘いもきっぱり断っていたのをよく覚えている。思えば、昔からそういう遊びへの付き合いは殊更悪いのが聖で、それが一部の男子女子から反感を買っていたことも香帆は知っている。今から思うと、どうにも単に面倒だったから断っていただけではなかったような気がしてならないのだが。


『聖ってさ、オバケとかそういうもの信じない派?』


 しれっと断った彼を見て、香帆はそれとなく尋ねたのである。みんながいかにして先生の眼をかいくぐって部屋を抜け出すか、の相談をしている横でだ。聖はそんなクラスメート達をぼんやり見ながら、んー、と首を捻ってみせたのである。


『わからん』

『わからんのかい』

『だって、信じる信じないというか……仮に、人魂っぽいのが見えたとしてさ。それが“オバケ”であることをどうやって証明するんだとか。そもそも、証明すること自体が意味がないような気がしてならないんだよなあ。悪魔の証明ってヤツを知ってるか? 存在する悪魔を証明するなら、悪魔本人を連れてきてみんなに見せればいい。でも“悪魔は存在しない”を証明するのはほとんど不可能に近いほど難しい。だって、世界中を探し回ったところで、未開の土地全て探索し尽くすなんて無理ゲーだろ。“いない”ことをどうやって証明するんだよ』

『まあ、言われてみればそうだけど』


 単純に、オバケを信じるだの信じないだの、という話からそこまで飛躍するあたりコイツ変わってるな、と思ったものである。普通は人魂が見えたらそれが本物だと信じるヤツか、あるいは何か科学的根拠があるはずだとトコトン疑うヤツかに別れるだろうに。


『そもそも幽霊の場合、“居る”ことを証明するのだって難しいような気がしてる。例えば、今俺が幽霊が見える人間だったとして。あいつらが肝試しに行こうとしてる宿舎裏のボロ小屋の中に、いっぱい幽霊っぽいのがいるのがこの窓から見えるとするだろ』


 すくっと立ち上がって、部屋の窓から向こうを指す聖。釣られて香帆もそちらを見る。彼らが肝試しだー! と騒ぎ出した理由が、宿舎の裏の使われていない木造倉庫を発見したせいなのだった。倉庫といっても、二階建てになっていてかなりしっかりした作りである。表は南京錠でしっかり鍵がかかっていたが、何故だか窓が開いているのを悪ガキが発見したらしい。

 そういえば、そうやって忍び込んだ悪ガキの総大将の一人はうちの高校に進学したはずだったっけな、と香帆は思い出す。確か、A組かB組の生徒だったはずだ。名前は太田守彦おおたもりひこ――だっただろうか。ちょっと古風な名前だったのでよく覚えているのである。


『それが文字通り、人魂みたいな姿で俺には見えてたとして。……でもそれが、本当は何なのかなんて誰にもわからないと思わないか? 俺には人魂みたいなものが見える気がするけど、他の奴らにそれが見えなかったら“目の錯覚だろ”で笑い飛ばされるだけだし。俺自身だって、自分の眼に見えるソレがなんなのか証明しようがない。見えていたって幽霊かどうか、科学現象なのかどうか、はたまたそのどっちでもないかなんてわかんないんだよ。……そう思ったら、なんていうかオバケが存在するだのしないだの、議論するだけ馬鹿馬鹿しくなってくるというか、なんというか』

『言いたいことはわからないでもないけど。……そういう風に考えて生きてるのって、なんかつまんなくないの? だって、わかんないものを考えるのを放棄してるってことでしょ?』

『まあ、そう言われても仕方ないかな。お前はわかんないことを、徹底的に追求して調べたいタイプだろ。名探偵ってやつみたいに』


 昔から、真相解明などを曖昧にしておくのが嫌いなのが香帆だった。答えがはっきり出るものが好き、と言えばいいだろうか。

 そういうところでも、自分と聖は正反対であったのかもしれない。国語が好きなのが聖なら、算数や数学が好きなのが香帆であったのだから。


『そういう、なんか難しそうなの調べるのは専門の研究者とかに任せておけばいーじゃん。俺達素人が調べて、議論して、それで答えが出るようならそういう人達のメンツが丸つぶれだろ。だから考える必要もないことに俺は脳ミソ使いたくないわけ。以上、説明終わり。俺は寝る』


 そうやって彼は話を打ち切ってきたわけなのだが――今から思うと、あの面倒くさがりな聖にしては、結構長い話をじっくり聞かせてきてくれた気がしてならないのだ。思えばあれは、それとなく香帆が肝試しに参加するのを渋るように仕向けていたのかもしれないと思う。

 実際、そのままみんなの話をしれっと無視して一人布団に潜り込んでしまった聖を見て、なんだか香帆も眠くなってしまい、みんなに謝って、先に眠らせて貰うことにしたのだった。

 騒ぎになっていたことを知ったのは、翌日のことである。

 なんと肝試しに行った者の何人かが、小屋に閉じ込められるというトラブルが発生したのだ。その中には、意気揚々と肝試しを企画していた守彦達も含まれていた。入ったはいいが、何故か入る時には開いていた窓が出る時には閉まっていて、しかも開かなくなっており――出るに出られなくなってしまった、のだという。

 最終的には外にいた数人がやむなく先生を呼びに行き、外から入口の南京錠を壊してもらうことによって事なきことを得たそうなのな。ちなみに、南京錠の鍵はボロボロになっていて、もう鍵では開かなかったらしい。当然肝試し参加メンバーは大目玉を喰らうことになったのだった。クラスの半数以上が廊下に正座させられてお説教を喰らうというのはなかなかシュールな図であったことだろう。罰として午前中、みんなが楽しみにしていたハイキングが一つ飛ぶことになった。まあ、アホな真似はするもんじゃないということである。

 そのエピソードはそれで終わるのだが。今から考えると聖のあの話は、あながちただの例え話ではなかったのではないか? とそんな気がしてくるのだ。彼は本当にあの小屋の中に、幽霊っぽいのがいるのが見えていて、でもそれが幽霊だという確信までは得られていなかったのではないか、と。


――で、高校生になって……だ。1年E組に入った生徒は、軒並みオカルト研究会に呼ばれることになる。……正確には、最初からそういう素質を持った人間が、まとめてE組に振り分けられてるって考えた方が自然だよな……?


 幽霊とかオカルトに興味があった様子はない。むしろ、どこか避けている様子さえあった聖。でもあれが例え話ではなかったのだとすれば、聖はそういう素質が前々からあったということになる。話が繋がると言えば、繋がるような気もしてくる。




『香帆ちゃん、時枝君とは幼馴染なんでしょ。向こうから接触してきたならむしろチャンスだわ。……その立場利用して、こっちから時枝君とオカルト研究会、探ってみてもらえない?』




――あああもう、無茶言わないでよ部長ぉ!


 靴を脱ぎ、ローファーに履き替える。靴の先をとんとんと地面で叩いて揃えながら、香帆はその場で突っ伏したい気分だった。

 確かに、幼馴染という関係を利用してほしい彼女の気持ちもわからないことではない。が、自分は今日その聖に新聞部の状況を尋ねられて、情報提供を突っぱねたばかりである。今更テノヒラクルーして、話を聞きにいくなんて非常に気まずいというか――そもそも、こっちが調べている内容を漏らすのは嫌だというか。


――オカルト研究会がもし、圧力かけてきた学校の上層部と繋がってたとしたら……私たちが七不思議調べるって知った時点でまた同じことになるの見えてるよなあ。ていうか、もうアイツに新聞部の状況が漏れてる時点て詰んでないコレ?もう圧力かかってくるまで秒読み段階入ってない?


 そう思うと、自分がここでジタバタしたところでそれらは全て徒労に終わる可能性が高くないだろうか。なんだか非常に疲れた気分になり、そのまま学校の正面玄関を出ていこうとした時だった。


――……あれ?


 人影が見えて、香帆は眼を丸くする。奥の方の下駄箱に向かって、ゆっくり歩いていく人物が見えたのだ。外から下駄箱に向かうということはつまり、校舎の中に入っていこうとしているということ。奥の方の下駄箱ということは恐らく、1年A組の下駄箱があるあたり、だ。

 暗かった上に、ほとんど背中しか見えなかったが。男子であるのは間違いない。茶髪にそこそこいいガタイをしている人物っぽい、というのはなんとなく見て取れたが。


――こんな遅い時間に、今から校舎の中に入るの?運動部なら、外の部室から直行するから校舎に入らないし……忘れ物でもしたのかな?


 それにしては、足取りがゆっくりしていて焦っている様子もなかったような。

 香帆は首を捻ったが、深く追求することはなかった。考えても仕方がない、というのは事実としてある。同じクラスの生徒でもなさそうというのなら尚更だ。交友関係がかなり広いという自覚はあるが、それでもまだ全クラスの生徒の顔と名前が一致するほどではないのである。


――まあ、いっか。みんないろいろ事情があるんでしょ。


 ところが、この出来事が思いがけない意味を持ってくるのである。

 翌日、香帆はこの人物らしき生徒――A組の太田守彦が、行方不明になったという事実を聞かされることになるのだから。

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