<第二話・いけいけどんどん新聞部!>

「そうそうそれ。実のところ、あたしが次の新聞のネタに七不思議持ってこようと思った理由の一つが、そこにあったりするわけなのよ」


 放課後、新聞部の部室にて。新聞部部長、三年生の前田小宵まえだこよいは、香帆の言葉にうんうんと頷きながら言った。


「七不思議なんてさ、ものすごく使い古されたネタだと思うでしょ? で、あたしも伝統ある我が新聞部の過去の新聞記事をさらって見たってわけ。絶対過去にも七不思議に関して調べた記事はあるんだろうなーって思ってさ」

「それで、どうだったんですか?」

「聞いて驚きなさいな。なんと、一度も記事になってなかったの!」

「は!?」


 流石のことに、香帆は口をあんぐりと開けた。


「え、記事になってなかったって……今まで誰も調べなかったんですか?」


 七不思議と言えば、学校のオカルト話の中でも定番中の定番だ。数年で一回どころか、一年で一回くらい議題に上ってもおかしくないほど使い古されたネタであるはずである。それが、記事になっていないとはどういうことなのか。

 そこで香帆がふと思い出したのは、オカルト研究会で事故にあったという三年生――柊空史の一件のことである。




柊空史ひいらぎそらふみ先輩。三年生の。……交通事故に遭って今でも入院してるって話だけどさ。うちの先輩が、なんか変だなーってことで調べたらしいんだよね。事故に遭った状況が妙だったし、何で今でも入院したまんまなのかわかんないって。大怪我だっていう情報しか伝わってこない。両親さえ状況がよく分かってない。しかも……その先輩とやらが入院している病院に、あんたらオカルト研究会のメンバーは随分頻繁に出入りしてる。でもって、それ以外の人はほぼほぼ面会謝絶と来たもんだ。……しまいには、学校側から調査そのものをやめるように指示が来たんだって。これどういうことよ? あんたが妙に部活に熱心になったのも、つながってたりするわけ?』




 繋がっているのだろうか、まさか。

 七不思議も、柊空史の件も。


「……学校側から、記事にするなって圧力がかかった、とか?」


 香帆が恐る恐る告げれば、正解、と小宵は手を叩いた。


「調べようとした形跡は何度もあるの。部の記録ノートやディスクに一部取材データは残ってたからね。ところがどっこい、記事になるところまで行ってない。あんたも知ってるだろうけど、うちの新聞部の新聞は半月に一回しか出ない代わりに、ものすごく濃密な内容を提供することを至上主義としているわ。本物の新聞くらいの枚数とガッツリ組まれた特集が売りなのよね。そこまで調べたからには、今回のあたし達みたいに……特集組んで、総員で調査に当たっていたはずなのよ。ところが……」

「記事になる前に……ストップが入った?」

「そうとしか考えられないわ。七不思議について調べていたと思しき時期の新聞、酷いもんだったもの。明らかに、みんなが知ってるくらいの情報切り貼りして無理やり取り繕った感すごかったわよ。しかもそれだけじゃないの。……七不思議に関して調べてたっぽい取材ノートやディスクね、不自然に紛失してるのよ。ちゃんと管理されてるはずなのに」

「ええっ⁉」


 それはどういうことなのか、と言いかけて。香帆はある可能性に辿り着く。自分達の部室に自由に入ることのできる人間なんか限られているではないか。

 部員か、もしくは顧問。取材ノートなどが保管されている資料室は電子ロックだ。暗証番号を知っている人間は、部の関係者以外に有り得ないのである。


「……その“七不思議の記事が圧力でダメになった”っていうの、いつのことですか?」


 恐る恐る香帆は尋ねる。小宵はため息と共に“何回もあるわよ”と吐き捨てた。


「去年もあるし、三年前にもあったし、五年前にも六年前にも十年前にも」

「てことは、スパイが部員ならとっくに卒業してますよね」

「当然よ。……そんでもってもっと嬉しくない情報をあげましょうか。新聞部に一番長くいるといったら当然顧問の沖本先生だけどね。その沖本先生がこの学校に赴任してきたのさえ五年前なの。これどういうことだかわかる?」


 つまり、それは一人の先生の一存ではない、ということ。仮に去年、三年前、五年前に七不思議の情報を消したのが沖本の仕業であったとしても、それ以前の状況にタッチできるはずがない。――つまり、沖本の先代、それ以前の顧問も一枚噛んでいるのは確実ということになっている。

 もしくは。部員の中に、毎年必ず複数のスパイが発生しているかもしれないという、非常に考えたくもない可能性しかないということだ。


「七不思議を、調べさせたくないのは一人二人の人間じゃない。文字通り、学校ぐるみで隠してることがあるってことですよ……ね?」


 好奇心旺盛だ、という自覚が香帆にはある。しかしここまで来ると、少々不安を覚えるのは当然のことではないだろうか。思っていた以上に、話の規模が大きい。そんなに頻繁に新聞部が七不思議を調べようと動いているというのに、そのたびに何故だか学校ぐるみで圧力をかけて止めてきている。しかも、取材したデータまで消していくという徹底ぶり。そこまでして知られたくないことが、七不思議関係にはあるとでも言うのだろうか。

 ただ、もしそうだとすると腑に落ちないことがいくつもある。そんなに調べられたくないのなら、七不思議の噂そのものを消し去ってしまえばいいのではないだろうか。自分達だって、何も存在しないものを調べようなどとはしないわけなのだから。


「香帆ちゃんが言いたいことはなんとなく分かるわよ。七不思議ってものがそんなに厄介なんだとしたら、七不思議なんてなくしてしまえばいいじゃない、ってね。そうよね、あたし達は真実を追求するための新聞部であって、存在もしないものを無闇に追いかけるほど暇ってわけじゃないもの」


 しっかり胸を張って言う小宵である。それはどうかなあ、とちょっとだけ香帆は苦笑いした。基本、自分達が組む特集記事というのは、定例会議でみんなで話し合って決める内容であるのだが。それでも、部長である小宵の発言力は強い。彼女が言い出した企画が通ることは少なくないのである。時には、そんなもの調べてなんになるんだ、というような謎の特集が組まれることもあるらしい。

 先輩いわく、ここ最近で一番謎な特集はアレだったらしい――“追求!学校一の不良である田辺一兎君を観察する会は果たして実在するのか⁉”だ。それどうやって調べたんだ、というか学校一の不良を観察する会ってそれは誰得なんだ、と思わずにはいられない。これも言いだしっぺは小宵であったらしい。彼女の言葉に説得力はあるのやらないのやら、だ。


「でもさ香帆ちゃん。人の噂に戸は立てられないっていうでしょ? 噂を消すのってそうそう簡単なことじゃないのよ。七不思議のうちのどれかについて“そんなものは嘘っぱちだった”なんて噂を流して消そうとしても、結局いつの間にかそれがすり替わってることもザラにあるわけ。何でだと思う? いつの時代も、学校から怪談話が消えない理由。簡単よ、“そういうものが実在した方が面白い”って考える人が少なくないからよ」

「はあ、そういうもんなんですか」

「そういうもんなのよ。オーソドックスなものに“トイレの花子さん”ってのがあるでしょ? あれの原型って、1950年代くらいに学校で流行していた“三番目の花子さん”って都市伝説らしいの。つまり、戦後すぐからあったのよ、そういう怪談ってのは。花子さんの正体も諸説あって、それはもうバリエーション豊富よね。やれ変質者に追われてトイレに逃げ込んだけど殺された女の子だの、やれお父さんから虐待を受けていた子だの……ああ、学校で死んだわけじゃないって説もあったんじゃなかった?福島県の図書館の窓から落ちて死んだって話もどっかで聞いた気がするわね」

「そんなに前からあるんですか」

「そうよ。……そんだけ長く続くには当然理由がある。そういう話が“本当にあれば面白い”って思う子供が学校には多いのよ。普通の学校生活、勉強して部活して友達とダベって委員会して試験して……そういうのが退屈で、刺激が欲しいと思う子供がいるのはいつの時代でも変わらないってわけね」


 それは、言われてみればそうかもしれない。ちゃんと調べたわけではないが、こっくりさんやらキュービッドさんやらと呼ばれる降霊術だって、随分歴史が古かったように記憶している。流行は多かれど、時代は変われど、そういう遊びを今の子供達もするというのだから――まあ、理由はお察しというわけだろう。

 そう言われれば、七不思議というものを、それも七つもあるものを全て抹消していくのは並大抵のことではないのかもしれない。


「そもそも、七不思議自体が、時代によって移り変わっていってるのよ。この学校が戦後すぐから存在する、結構古い学校だっていうのはあんたも知ってると思うんだけど。残っていた取材ノートによると、七不思議の怪談の内容がまあ、毎年のようにころっころ変わっていってるみたいなのよね。さっき言った花子さんだって、ウチの学校にはあったりなかったりするみたいなのよこれが」


 みんなが面白い方向に噂を捻じ曲げて改変していってしまう、ということなのだろうか。あるいは、噂を学校側が“作っている”という可能性もありえるのか?


――いや、さすがにそれはないか。


 香帆は首を振る。七不思議を消し去りたい側がそんな真似をするメリットはない。そもそも噂の改変が自由にできるというのなら、抹消だってできなくはなさそうではないか。


「そういえば、取材ノートとかディスクって、全部消されたわけではないんですよね。一部は残ってたんですか? どうして?」

「一部だけ、暗証番号やらで守られてデータが消せなかったってことみたい。ノートの方は、取材した卒業生が一部持ち帰ってたのを、あたしが最近接触してゲットしたってところね」

「じゃあ、それも見つかったら……」

「盗られるかもしれないわ。だからこの話、まだ香帆ちゃんにしかしてないの。誰にも言わないでね」


 なんで自分にだけ、と思ったが。よくよく考えてみれば、今年の一年生の新聞部の新入部員は自分を入れて三人しかいない。女子は香帆一人だけだ。スパイ容疑をかけるならまず上級生から、と考えるなら一年生の自分はまだ安全圏と判断されたのかもしれない。

 なんだか怖いこと知っちゃったかもしれない、本当に首突っ込んでいいのかな――と今更思う香帆ではあるが。悲しいかな、もう手遅れなような気もしている。

 短い付き合いだが、目の前の新聞部部長の執念深さは既に嫌というほど理解しているのだ。前田小宵という人間は、狙った獲物はけして逃がさないハンターである。隠される真実があれば、喉元に食いついてでも意地でも離さないのが彼女だ。巻き込まれてしまった自分も、もう逃げるという選択肢はないのだろう。


「……また、七不思議調べてるってことになったら、学校側から圧力が来るんじゃないですか?」


 香帆が尤もなことを言うと、そうね、と小宵は頷いた。


「だから部員のみんなには、先日の定例会議の内容を沖本先生にも他のみんなにも話さないように言ってあるわ」

「……でも、あいつは……聖は知ってたんですよね。うちが七不思議調べてること。定例会議やったの、まだ三日前のことなのに」

「そういうこと。……どこからか情報が漏れたってことは、既に新聞部の部員の中にもスパイがいる可能性は濃厚ね。そんでもって……オカルト研究会はやはり要注意ってこともはっきりしたわけ」


 だからね、と彼女はにやりと笑う。


「香帆ちゃん、時枝君とは幼馴染なんでしょ。向こうから接触してきたならむしろチャンスだわ。……その立場利用して、こっちから時枝君とオカルト研究会、探ってみてもらえない?」

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