1年E組~彼らは異世界バスターズ~

はじめアキラ

<第一話・幼馴染の違和感>

 倉持香帆くらもちかほのところに幼馴染の彼が突撃してきたのは、昼休みに入ってすぐのことだった。

 低血圧でいつもローテンション、顔は無駄にいいけど社交性はビミョー。香帆の隣のクラスである1年E組に在籍する彼は、名前を時枝聖ときえだきよいという。ひじり、と書いてきよい、と読む。合わせたわけでもないのに、高校でも何故か一緒になってしまった腐れ縁である。――私より頭いいくせに、なんでお前この学校にしたんだ、と香帆はこっそり思っていたりする。何につけてもモチベが低いくせに割となんでもできる聖に、いつも香帆はコンプレックスを感じてきたのだ。


「……なあ、香帆。お前校内新聞のネタで、七不思議調べてるって聞いたけど、それ本当か?」


 そんな香帆のことを知ってか知らずか、開口一番聞いてくる聖である。やっぱりそれかよ、と香帆は思った。新聞部に所属する香帆に対して、聖が所属する部活は“オカルト研究会”。――つまり、ホラーネタを集めるのは彼らの部活動の一環なのである。


「調べてるけど、それが何?あんたに関係ないでしょ?」


 別に、聖のことが嫌いというわけではないのだ。ただ、隣のクラスから会いに来たかと言えばこの態度である。知らない仲でもないというのに、最近の彼と来たら自分とはオカルトな会話しかしていないような気がする。やれ、女子トイレには何か出るのか、だの。屋上に自殺した幽霊が出るって話だけど本当に自殺者なんていたのか?だの。

 それに加えて、香帆は部の方針のせいで、好きでもなんでもないオカルト関係のことを調べる羽目になってただでさえ機嫌が悪いのだ。多少対応が悪くなるのも仕方ないことではないだろうか。


「関係ないけど、関係ある。俺の部活知ってるだろ。嫌でも調べないといけないことはある。お前の方が情報を持ってるなら教えて欲しい」

「新聞部が、発表前のネタを人にバラすとかマジありえないと思わん? ていうか、そもそも私はずーっと気になってたんだけどさ」

「……何?」

「聖、なんでオカルト研究会なんかに入ったの? あんた、高校行ったら帰宅部一択だって言ってたじゃん。もしくは文芸部あたりに入ってマッタリ過ごすんだーって。それがどうして、オカルト? あんたそういうの興味あるどころか、むしろ避けて通ってなかった?」


 腹立たしいが長い付き合いである。この顔はいいけどボケ倒し、熱意のネの字も感じられない男のことはよく知っているのだ。成績もいいし運動神経も悪くない、でも何に対しても興味を持つ素振りさえ見たことがない。昔からホラーが好きだったというのなら、そういう部活動に入るのもわからないことではないのだが――聖の場合、そうではなかったことを香帆自身知っているのである。

 というのも、春にこの学校に入った直後。どんより沈んでいる聖の姿を香帆は見ているのだ。話を聞けば一言、“入りたくもないオカルト研究会に無理やり入れられた、面倒くさい”である。つまり、少なくとも二ヶ月前まで、聖はオカルトに興味を持つどころかどちらかというと嫌がっていたほどなのだ。


――なーんか最近妙なんだよなあ、コイツ……。


 そう。そういう彼を知っているからこそ、おかしいなと思う香帆なのである。

 興味もなかったはずのオカルトに関して、ここ最近の彼は妙に熱心に調べているようなのだ。正確には、嫌がっていたはずなのに入部してすぐ積極的に人から話を聞くようになったように思えるのである。

 とはいえ原因に、全く心当たりがないというわけではない。オカルト研究会に所属していた一人の三年生が、四月に事故で大きな怪我をしているのである。


「柊先輩、だっけ。事故に遭ったの」


 香帆がその名前を出すと、ぴくり、と聖の眉が動いた。


柊空史ひいらぎそらふみ先輩。三年生の。……交通事故に遭って今でも入院してるって話だけどさ。うちの先輩が、なんか変だなーってことで調べたらしいんだよね。事故に遭った状況が妙だったし、何で今でも入院したまんまなのかわかんないって。大怪我だっていう情報しか伝わってこない。両親さえ状況がよく分かってない。しかも……その先輩とやらが入院している病院に、あんたらオカルト研究会のメンバーは随分頻繁に出入りしてる。でもって、それ以外の人はほぼほぼ面会謝絶と来たもんだ。……しまいには、学校側から調査そのものをやめるように指示が来たんだって。これどういうことよ? あんたが妙に部活に熱心になったのも、つながってたりするわけ?」

「…………」


 まくし立てると、聖は少しばかり沈黙して――やがて深く、息を吐いた。


「間違ってはいない。実際、先輩のことがなかったら、オカルト研究会の活動、ここまで頑張ろうと思うこともなかったかもな。……でもそれだけじゃない。究極的には俺のためだ。おかしいか、俺がそういうものに興味を持ったら」

「おかしいから言ってる。あんたはそういうタイプじゃない」

「趣味が変わることだってある。人間ってのはそういうもんだ」

「否定はしないけどね。……一つ言っておくことがあるとすれば、自分の方の情報は一切明かさないくせに、人の情報だけ欲しがるようなヤツを誰が信用すんのかってことよ。……悪いけど、私から話すようなことはなーんもないんで。ほれ、とっととお帰り」


 しっし、と手を振ってやれば。それも道理と思ったのか、はたまた香帆を説得するのが面倒になったのか、そうか、とだけ言って聖はそのまま戻っていった。

 本当に、何がしたいのだ、あいつは。呆れて香帆が周囲を見れば――香帆と仲の良い友人達は、どこかぽーっとした眼で聖が出て行ったドアの方を見つめているではないか。


――おいおい、マジかよ。


「夏美も苺も、まさかああいうのがタイプだっての?」

「タイプっていうか、いや普通にイケメンだと思わんの香帆ちゃーん」

「だよねーかっこいいよねー」

「えええ……」


 友人その一の夏美は活発で元気がいいタイプ、友人その二の苺はどちらかというとおとなしくておっとりしたタイプ。どちらもかなり性格は違うというのに、どうやら男の趣味は似たりよったりであったらしい。

 アレのどのへんがいいんだろう、と香帆は思わずにはいられない。ヤツがいいのは顔だけだ。あと成績と――ああ、そういえば運動神経もそこそこだったと思うけどそれだけである。社交性ゼロ。空気読む気ゼロ。女心なんて理解する気もないし、熱意を持って何かに打ち込むような熱血タイプからは一番程遠い。一緒にいたって全然楽しくなさそうなあんな男の、どのへんが彼女達はいいというのだろう。


「香帆ちゃん分かってないな! それがいいんじゃないの!」


 そんな反論をすれば、すぐさま夏美のきっぱりとした声が飛んでくるのである。


「ローテンションってのは落ち着いてるってことでもあるわけ! 落ち着いた大人の男性に守られたい系女子は結構いるわけ! つかイザって時に頼りになりそうじゃん? その上で聖君はイケメンだよ? 眼もキリっとしてるし、成績もいいし、文句なんかある? いや、あるはずがなーい!!」

「ええええええ~……?」


 あるはずがないというか、文句しかないんだが。本当に意味がわからない。香帆はなんとなく、再び彼がいなくなったドアの方へと視線を向けた。

 おかしいと言えば、こうして昼休みを潰して隣のクラスに話を聞きに来るのもおかしいのだ。中学までの彼なら、昼休みはほとんど寝て過ごしていたはずである。昼休みにはぐっすり寝て充電しないと、午後の時間絶対もたないし無理なんだわ、と言っていたのは記憶に新しい。その彼が、昼休みを使ってまで自分のところに情報収集しに来た――オカルト研究会の為に。これはどう考えてもおかしいことではないだろうか。


「まあ、でも香帆ちゃんがおかしいなーって思うのはちょっとわかるかな」


 首を捻っていると、意外なところから援護が出る。おっとりした苺だ。


「どちらかというと、聖君本人というより……オカルト研究会が、ってところなんだけどねえ。香帆ちゃん新聞部だから知ってるかな。うちの学校のオカルト研究会って、他の部活と比べても随分特殊なんだよね。何が一番気になるのかといえば、隣のクラス……1年E組の子は、殆どオカルト研究会の所属してるって話だよ?」

「え、そうなの? ……篠原とか美濃とか、あのへんの男子サッカー部じゃなかった? あと女バスのりっちゃんとか」

「そうなんだけど、オカルト研究会と兼部して他の部活もやってるってことみたいなの。……でも、サッカー部とかバスケ部とかって運動部だし、滅茶苦茶忙しいでしょ? なんでオカ研と兼業しないといけないのかなあってずっと思ってたんだよね。というか、確かうちの運動部って、基本的には兼部不可だった気がするしパンプレットにもそう書いてあったと思うのに……あれオカ研ならいいのかな? って思ってたんだ」

「あーその話あたしも聞いたことあるわ」


 ほいほい、と夏美も話に加わってくる。


「ああいう研究会系って、文化部だしそんなに人数多いことそうそうないっしょ?でもオカ研だけは結構な人数が所属してんだよね。そのくせ活動実態は結構謎ときてる。……しかも話によれば、所属してるのはほとんどが現1年E組所属か、元1年E組所属のどっちかなんだってさ。なんか怖くない? 隣のクラスなんかあんのって思わない?」


 それは、香帆も知らなかった話である。無理やりオカルト研究会に入れられた、と言ってしょんぼりしていた聖。ということは、彼は望んでそこに所属したわけでもないということ。あんな男をそんな部活に強引に入れる意味があるのか、絶対幽霊部員にしかならないだろ、と思っていた香帆である。しかし、現実の彼は非常に熱心に調査をしているように見受けられる。

 もしや、彼がオカルト研究会に入れられたのは、彼が1年E組になってしまったから、だったりするのだろうか?だが、もしもそうならどうして1年E組に所属した人間はオカルト研究会に入らないといけないのか?という話になってくるのだが。


『……なあ、香帆。お前校内新聞のネタで、七不思議調べてるって聞いたけど、それ本当か?』


――聖も、七不思議について知りたかったってことだよね。でもって、それはどうみてもオカ研の活動の一環てなわけで。……七不思議について調べていけば、オカ研と1年E組の謎についても迫ることができるかもしんないな……。


「香帆ちゃん、新聞部でしょ。こういう話って、興味あるんじゃない? 聖君は幼馴染だしさあ」

「……ま、そだね」


 夏美に言われるまでもない。最近は誰かさんのせいもあって少々機嫌が悪かったが――そもそも、真実を追求する行為そのものには興味があるから新聞部に入ることにした香帆である。


「七不思議について調べるのと一緒に。……あのアホが何してんのかも、調査してやるとしますかね」

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