ーepisode zero_ten

 

 『三千八百年 十二月二十四日 藍沢』

 

 「……大丈夫か?」

 「いつも心配してくれるね。彼氏かな」

 クスッと笑う凪海花。

 しかしいつもとは違う。

 起き上がることはせず、人工呼吸器を身につけたぐったりした顔。

 機械病を知る誰もが思う。

 もうもたない。

 「ねぇ先生……この間の、話、覚えてる?」

 「ああ。」

 即答する。

 「怖く、ないって。言ったよね。」

 「ああ。」

 「……」

 言葉を待つ。

 凪海花がふと窓の方を見る。

 空は曇っていた。そういえば今年はホワイトクリスマスになるだとかテレビで言ったいたっけ。

 「クリスマスイブ、だね。」

 「……ああ。」

 窓の外を眺めながら言う凪海花。

 すっかりクリスマスの飾りだらけになっている街。

 「……あのね。」

 凪海花がゆっくりこちらを見て言う。

 「何だ?」

 「……やっぱり、何でも無い……」

 「じゃあ今度聞かせてくれ。」

 「……!」

 目を逸らしかけた凪海花が俺の方をもう一度見る。

 ここで目を逸らす訳にはいかないと俺も凪海花の目を捉える。

 「あ……」

 凪海花の瞳が潤いやがて雫がこぼれる。そして溢れ出す涙。

 「何で……泣いてるんだろう……」

 俺は何も言わない。

 「……私、本当は、怖い……やっぱり怖い死ぬかもしれない、この世界から消えちゃうんだそんなの嫌だ!」

 凪海花が泣きながら叫ぶように言う。

 苦しいよな。辛いよな。

 「怖くないなんて言って強がったけど結局怖い!辛いし痛いし苦しいしでも誰も心配させたくなかった。友達とも遊べないし学校にも行けない。好きなことも出来ないしそれに、歌も歌えなくなった。ねぇ先生知ってる?私喰花だよ?」

 ああ。知っている。

 突然の告白。薄々気づいてはいた。

 彼女の言動から。

 凪海花は俺の反応を待たずに続ける。

 「音楽アプリで歌って出してみたらほんの少しだけどコメントくれる人が居てその頃は時々の趣味程度だった。プロデューサーさんからデビューしませんかってコメント貰った時は嬉しくて嬉しくてさ、喰花としてデビューして、そしたら色んな人が沢山の人が私の歌を聴いて褒めてくれてライブにまで来てくれて、本当に嬉しかったしものすごく調子に乗ってた。楽しかった。でも私もう、歌も歌えない。歌おうと自分で息を吸うことも出来ない。武道館で歌うはずだったのも中止。それで暇を持て余して気づいちゃった。プロデューサーさんもスタッフさんもファンの人達も、結局は喰花が好きで応援してくれてただけで私自身のことを見てくれていたわけじゃないんだよね。みんな喰花という存在に依存して聴いてくれていただけなんだって。私も喰花でいる事が、多分自分自身でいる時よりもずっと好きだった。誰にも喰花を譲りたくなくてずっと側にいて欲しくて必死に頑張ってたんだと思う。結局私も依存してた。」

 そこまで言い切ると一度凪海花は涙を拭う。

 そしてこちらを見る。

 「先生もさ、喰花でいた私のこと観ててくれてたよね。でももう私は喰花として生きられないんだ。そんな私の事は嫌い?何も思わない?」

 そんな事ない。俺は……

 「喰花として、貴方を一ファンとして見てじゃない。私は先生のことが好きなんだよ。」

 「……」

 「ねぇ、先生はさ、私のこと、好き?」

 答えはもちろん、好きだ。

 でもこれは立場的に恋愛感情として思っていては行けない。

 「はいともいいえとも言えない。あくまでも俺と凪海花は教師と生徒だ。これ以上踏み入った感情は無い。」

 はは。

 何とも酷い言葉だ。

 考えて出た言葉がそれか?

 凪海花の涙はもう止まっていた。

 「そっか。」

 もう俺からは目を離し窓の外の景色を眺めていた。

 凪海花はきっと心を開いて俺に全部打ち明けてくれた。

 相当勇気を使ったに違いない。

 でも結局、俺はそれに応えることが出来なかった。言葉にして応えるという簡単な動作が俺にはできなかった。

 何が教師だ。

 教師としても、一人の人間としても失格だ。

 窓に目を向けると、吹雪とともに雪が降っていた。

 俺はこちらすら向かない凪海花のすぐ横に可愛らしい花とプリンを置き、病室を出た。

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