ーepisode zero_nine

 「帰るの?」

 病室のベッドに横になりながらこちらを見て凪海花が問う。

 「あぁ。」

 「面談は?」

 「体調が良くなったらその時に。親御さんもそっちの方がいいって言ってたし。」

 「申し訳ないなぁ……お母さんも忙しいのにせっかく今日少しの間休み取ってくれたからさ。でももう仕事戻っちゃったから、また今度かな。」

 「……また今度な。」

 「……先生さ、なんか、いつもと態度地味に違くない?」

 「……」

 「何か言いたいことあるなら言って?」

 凪海花が起き上がり、座って俺の目を見て言う。

 

 聞いてしまった。

 凪海花が寝込んでいる間、彼女が隠していたことを、彼女の母から。

 

 『あの子は我慢ばかりで隠すのが上手だから……私にも心配かけたくないって思ってるんでしょうね。何も気持ちを話しちゃくれない。先生、凪海花と良ければ話をして下さらない?』

 

 彼女の母はそう言って何故か俺に全てを話した。

 

 「……怖いか?」

 もっと違う言い回しは無かったのか。

 言ったそばから後悔する。

 「聞いたんだ。」

 「……すまない。」

 聞いたのは彼女が今ここに横たわる理由。

 「怖く、ないよ。」

 「え?」

 出た言葉は予想外の言葉。

 いや、言葉自体は予想外では無い。強がりな彼女からはきっと出てくると思っていた言葉。

 ただ、声が違う。

 強がった声ではなかった。

 今日のご飯何にしようか、みたいなそんな本当に軽い声だった。

 そしてにへっと、凪海花はいつもの笑みを浮かべている。

 「本当の気持ちを言ってくれ。凪海花が何か心配とか、不安な気持ちを抱えているなら相談に乗るし俺は……」

 「本当だよ。」

 俺の言葉を静止するように凪海花がつぶやくように言った。

 暖房器具の音がやけにうるさい。

 「本当に、怖くない。」

 そんなに心配しなくて大丈夫。と凪海花が笑う。

 「前に話したでしょ?」

 「前に……?」

 「ほら、これ。」

 「エラーコイン……」

 ポケットから以前も見せてきた昔の五円玉硬貨を取り出し凪海花が俺にそれを見せる。

 「エラーってなんか私好きなんだ。皆と違う、個性豊かでさ。なんかエラーがあってこそ生きてるなってさ。」

 今度は“で?”とは聞かなかった。

 「私は、私の中のエラーまで愛してる。それにエラーがあったってまた直せばいい。だから、怖くなんかない。」

 

 極稀に、数億人に一人くらいに起こる症状、機械病。

 千八百年ほど前にある科学者によって世界の発展が止められた。まるでそのまま時間が止まって人だけが入れ替わるような世界。

 ただ人間の寿命が何故か十年、二十年と減っていった。

 その時にある技術者が生まれた子に機械を埋め込み人の体の一部と同化させることで寿命を伸ばすことに成功した。

 今となってはその機械を埋め込まない人間はいない。

 機械病は稀に起こる人体の機械への拒絶反応。そしてその拒絶反応への機械の抵抗。

 いつ発症するかも分からない。なんの前触れもない未知の病。

 発症すれば一年以内には機械エラーにより心臓から侵食され死ぬ。

 この病を千八百年ほど前から発展を止められた人類に治すすべは無い。かといって機械を埋め込まなければ十年も持たずして死んでしまうのだ。

 

 「だから、まだ描えがくから。

 

  待ってて欲しい。」

  凪海花がボソッと呟く。

 「……待っててって?」

 「ううん、何でもない。」

 ひひっと、戯けたように凪海花が言う。

 「今日はもう、疲れちゃったし寝るね。」

 「じゃあまた、明日来る。」

 「え?明日も来てくれるの?」

 「迷惑だったか?な……」

 「ううん!全然!むしろ嬉しい!」

 ぱあっと笑顔になった凪海花にお大事にと伝え今日は病院を出た。

 何故、今まで教えてくれなかったのか。

 帰り道、すっかり暗くなった道を歩く。

 教えてくれる訳、なかったのか。

 所詮ただの教師でしかないんだから。

 所詮ただの教師だ。

 信頼されていると思っていた。生徒に。

 全てを頼って貰えていると思っていた。

 生徒の全部を知ったつもりになっていた。

 でも実際はそんなこと無かった。

 俺は所詮将来性を広げるための知識を流し込むだけで生徒の人生に殆ど関わらないただの教師。

 溜め息が出る。

 今日はもう考えるのはやめよう。

 家に着き鍵を開けた。

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