ーepisode zero_four

  

  『 三千八百年 七月二十日 藍沢 』

 

 

 あれから一ヶ月。

 何も変わらない日常。

 夏休み直前の校舎。

 「おはようございます」

 「おはよう」

 通り過ぎる生徒の挨拶に返事をしながら教室に入る。

 なんとなく朝学活を終え、なんとなく職員室に向かい、なんとなく自分の席に座る。

 あれから喰花によるSNS等の更新は無い。

 それを心配する声や、死んだのではとくだらない推測をする声。

 だけど二ヶ月も経てばそんな声は止む。

 世の中は所詮そんなものだ。

 それでも待つファンの一人が俺。

 武道館ライブを開催するチャンスだってまだあるはず。

 

 頭の中で喰花の歌声が渦巻いたまま授業を行う。

 給食を喰らう。

 空気を食べて、深く溜息をつく。

 どうにも切り替えができない。

 そんなこんなで帰り学活で今日が終わる。

 「先生、はい、お願いします!」

 きょうたくでぼーっとしていると凪海花が提出物を持ってこちらに来てそれを俺に渡す。

 「あ、あぁ。」

 それを受け取る。

 「ねぇ先生、最近元気なくない?彼女さんに振られた?」

 顔を覗き込むように凪海花がそう問う。

 「いや彼女いないって。」

 「あ!意外といつも通りだった!そうか。振られちまったのか。」

 ふむ。と一人頷きそういう凪海花。

 だから彼女は元から居ねえっての。

 ここ最近凪海花は体調不良で学校を休みがちだ。

 折角の皆勤賞だったのにな……なんて思いながら最初は珍しい欠席に若干内心心配したが、時々登校する彼女は元気そうでなにより、と言ったところだ。

 「……じゃあまた明日!先生!」

 「体調気を付けろよ」

 「うん!元気だよ大丈夫!」

 さようなら、と、凪海花は教室を出ていった。

 例年より早く出てきた蝉の声。

 少し空いた窓から出てきてカーテンを揺らす生ぬるい空気。

 汗を流しながら廊下を走る部活動生。

 夏休みがすぐそこに、迫っていた。

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