_episode zero_two

時計を見る。

 時刻は六時五十五分。

 後五分、か。

 マンションの一室、俺はリビングらしき空間でテレビの前に座り、生徒の作文の評価をしながら待機する。

 YouTubeでの無料ライブ配信画面。

 現在二万人が待機中。

 右下にしばらくお待ちくださいの文字。

 真ん中には喰花の文字と、海逅のロゴ文字。

 “海逅” こう書いてカイコウと読むらしい。

 喰花と同じ当て字。

 海逅は喰花の為に出来たプロジェクト事務所。

 喰花デビューの後、小説家や作曲家、歌手など様々な創作アーティストをデビューさせヒットさせてきた。

 喰花の実力には届かないものの、どのアーティストやクリエーターも才能の持ち主ばかりだ。

 

 始まる。後一分。

 ビール片手に待機。

 生徒の作文評価を一度中断。

 

 『皆さん、こんにちは。喰花です!明日は、いよいよ待ちに待った、武道館ライブ!!』

 

 学生らしい、作っている感の無い自身をそのままさらけ出すような元気で透き通った声がテレビのスピーカーから流れる。

 未だ慣れていない様な少しぎこちなさがある。

 それもまた良い。

 始まった。

 そして先程の待機画面が切り替わり画面の中に狐の仮面で顔を隠しフードを被った少女、喰花が現れた。

 

 『あ、こんばんはじゃん』

 

 歌い手や芸能人の様なやらせ感、わざとな感じが全く無い自然な言葉。

 造り物ではなく自分自身を曝け出す喰花。

 それも数ある売れた理由のうちの一つなのかもしれない。

 ビールを一口。

 

 『スゥッ…』

 

 『配信ライブ、はじめます!』

 

 そう彼女が告、伴奏が流れ始める。

 おそらく生演奏だろう。

 そして映像が切り替わる。

 美しい仮想世界の様な空間。

 そこに立つのは喰花。

 後ろには伴奏バンド数名。

 仮想空間に溶け込むようにして喰花はゆっくりとした幻想的な伴奏に肩を揺らす。

 画面が喰花の顔に近づくと、仮面の中から僅かに薄らと見えた瞳は音楽に聞き入るように閉じていた。

 

 『物語を焼べた。

  問いを探し求めた。

  正解を宙に描いた。

  それでもまだ違う気がして。

  問いを自分で書いてみて。

  模範解答を歌ってみて。

  季節が巡るのが楽しかった。

  

  このまま 終わってしまうのか?

  なあ?

  終わってしまうのか?

  何も出来ない大人になって

  私の過去も全部ゴミだと

  終わってしまうのは。

  

  このまま あなたに伝えきれずに終わりたくないよ。

  

  文字を焼べた。

  問は見つからないまま。

  正解は宙に舞ってって

  間違いかどうかも分からない。

  全てを書くことも出来なくて

  模範解答に縋ってみて

  大人になるのが恐ろしかった。

  

  このまま あなたの空を描けるのか?

  ああ

  終わってしまうのか?

  私はいずれ塵になって

  何もかも忘れ去られてしまう

  怖くて堪らないんだ。

  

  季節と踊れなかった。

  大人はみんな不幸に見える。

  苦痛は空に溶けたりしない

  何が問題かも分からない。

  正解全部間違いだ。

  

  私は私を歌いたい。

  

  そうやって

  何でもかんでも言い訳して

  正しさの花と舞い散る。

  だけどきっとそれは 私じゃない

  このまま大人になってしまったとしても

  

  今の私は大空にだってなれる。

  

  このまま終わったりしない

  ねぇ

  私が見えますか?

  何も出来なくたって

  未来を創るのだ

  終わらせはしない

  

  正解は自分で決める

  問いなんか後付でいい。

  恐れを蔑ろにして

  後先なんて考えず

  私が

  私が

  

  正しい。』

  

  

  奏でる。

  ガラスのように繊細な歌声が、叫びが、スピーカーから伝って俺の脳みそを掻き回す。

  魂を取り戻す様に喰花が息を吸い歌う。

  叫び訴えかけるような歌声。

  ただ叫んでいるのではなく音楽の概念を彼女なり解釈で叫ぶ。

  神経を通らず脳に直接訴えかける様な彼女の歌声はまたファンを増やす。

  他の誰でもない喰花。

  彼女だからこそ創れたこの音楽。

  

  だけど、何か違う。

  

  彼女じゃないという訳ではなく。

  今日の喰花は、何かが違う。足りない。わからない。

  何が違う?

  

  結局何も分からないまま、配信ライブは終わる。

  

  今日の歌声も魂の叫びの様に美しかった。

  何が違うのか、足りないのか、すぐに忘れてしまうほどに、美しかった。

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