ーepisode zero_One

《 三千八百年 六月 藍沢 》



 「あれぇ、先生、また彼女さんとのLINE?」

 「いやちげぇし、てか彼女いないし。」

 デジャヴだ。どことなく、否、完璧にデジャヴだ。

 放課後、未だ帰らずに教室に残っている少女が一人。


 目の前にいるやたらと俺の携帯を覗き込むその少女。

 前提として、俺が決してロリコンでは無いことを置く。

 少女は一言で言えば 花 だ。容姿端麗。紅に近い、深緋色よりの秋桜色の綺麗な髪の毛に、碧い大きな瞳。十四、今年十五になる彼女の名は、水喰 凪海花みずばみなみか。

 別に恋心を抱いているとかそういうのでは無い。

 対する俺は、 藍沢あいざわ 。28歳中学校国語教員だ。

 別に容姿は特に美ではないが 、何故か中学生達に懐かれる。

 親しみやすいのかは知らん。

 「てか提出物終わったのか?」

 そこそこ提出率の低い凪海花に問う。

 定期テスト一週間前だというのにこの子はこんな放課後に一人教室に残り何をしているんだ。

 中学三年の定期テストの重要度を分かっていないのか? 危機感がない。向上心もない。

 というか早く帰ってくれないだろうか。

 こっちもさっさと家に帰りたい。

 「うん !」

 いや何。その自身はどこから?

 そもそも提出期限過ぎてるのに国語の課題が出ていないからあえて遠回しに言ったというのに。

 それから…

 「うん??」

 うん!?色んな意味で聞き返す。

 「うん!!」

 違う。

 「友達じゃないんだから敬語、使え。」

 俺は別に一応許すがほかの先生にタメ使ったりなんかしたらキレられるだろ。

 「別にいーじゃん。」

 良くない。

 「早く帰れ」

 まじで早く帰ってくれ。

 今日推しの配信ライブがあるというのに。

 「…わかったよ」

 あれ、やけに素直。

 ムッと可愛く頬を膨らませ凪海花は、自席に荷物を取りに行く。

 はぁ、とため息混じりに俺は再びスマホに目を戻す。


 “喰花” 。


 喰花と書いてクラゲと読む、天才少女。

 今から丁度一年前、春。


 うたをえがきます。


 突如何の前触れも無く現れた彼女は、顔をはっきりと出さずにいながらも、持ち前の歌でデビュー数日で一部の成人男性を中心としたヲタク達をファンに付け、一ヶ月後にはライブハウスで小規模なライブを行った。

 その後SNSでアップされた複数の楽曲がバズり、ファンクラブも一気に拡大。

 YouTubeでの歌い手配信者のチャンネルでのゲストから地上波放送の音楽番組、アニメやドラマの主題歌まで引っ張りだこ。

 デビュー五ヶ月でYouTubeチャンネル登録者は五百万人を突破。

 ライブのクラウドファンディングでは開始早々億の桁まで集まる。


 そんな彼女の何が魅力か。


 “うたをえがきます”


 最初のYouTube投稿。

 このコメントとともに上がっていたのは影で顔が分からない少女の歌う様。

 顔が見えないというのに先ず何故か見えない瞳に吸い寄せられる。

 そしてその歌声が流れた瞬間、誰もがその歌声に釘付けになる。

 硝子のように繊細で、時に華やかに 、また時には儚く、感情をさらけ出すような、曲を 歌詞を全力で表現しているその歌声は、誰もの心を奪っていった。

 作詞作曲を基本自分で行い、伝える。

 彼女は虚言なく確かに歌を描いていた。

 売れてくると提供楽曲も増える。

 その曲たちでさえ、作詞作曲者の意図を紡いだように描き歌う。

 顔を出していない彼女だが、SNSやファンの間では、彼女が学生だから顔出しをしないだけで、こっちを本業にすれば顔出しするのでは無いかと噂になったこともあった。


 そんな喰花は遂に、武道館ライブを行うとの事。

 今まで豊洲PITで何度かライブを行ってきたものの、武道館規模は初だ。

 今日はその前夜祭配信ライブ。

 喰花をデビュー当初から推している俺としては絶対に見逃す訳にはいかない。

 ……こんな中学生と話している暇は無い 。


 「あ 、そうだ先生!」

鞄を方からかけ扉の方まで歩みこちらを振り返りふと思い出したかのように凪海花がそう言う。

 「見てこれ!!」

 そう言い渡されたのは古いコイン。

 「昔の硬貨か?」

 五円と刻まれたその硬貨は、歴史の教科書に載っている、昔使われていた硬貨。

 「うん !そうなんだけど、よく見て見て」

 「よく見る?」

 よく見るも何も、ただの硬貨じゃねえか。

 さっさと帰って欲しいのでとりあえず見てみる。

 ……あ。

 「その硬貨 、本来なら真ん中に穴が空くはずでしょ? でもね、よく見ると線から少しズレてるの !」

 成程。そんでもってよく見ろと。

 「……で?」

 「……」

 思わず聞く、一番嫌われるであろう(と聞いたことがある) 回答、 で?。

 「…エラー…コイン……」

 おい先程までの元気はどこへ行った。

すげぇ沈んどるじゃんか。

もはや最後は聞き取れないくらいの声で細々と言う凪海花。

いや実際聞き取れたが。

 「エラーコインって更に価値あるんだっけ?」

 「そう!価値大ありなの!!」

 「くれるのか ?」

 「あげるわけないじゃん !」

 あげるわけないのか 。

 完全にくれる感じだっただろ。今の。

 「ただのミスだろ? 何でこんなのに価値があるんだか…」

 「…先生は 、ミスはミスでしかないって思うかもだけど、私は好きだよ。 エラー。」

 「…」

 この子は何を言ってるんだか。

 時々理解し難いことがあるんだよな。

 俺の手からそっと硬貨を取りどこか大人な顔で微笑む凪海花。

 幾つも違うのに、俺より、ずっと大人な顔。

 と思ったのは気の所為か?

 それも束の間、直ぐに年齢相応のやんちゃな笑顔に。

 「なんかほら 、個性豊かって感じ?」

 「いや分からん 。」

 「えーー!?なんで!?」

 なんでも何もないだろ。

 というか、

 「いいから早く帰れ 。」

 「冷たっ!?先生冷た!?」

 「俺も早く帰りたいんだよ。」

 「うわ教師としてどうなのそれ!」

 「うるさい 、先生も忙しいのさっさと帰りなさい。」

 「はーいわかったー」

 棒読み 。

 本当に分かってるのか ?これ。

 「げっ 、もうこんな時間。」

 「逆に何時だと思ってたんだ?」

 ふと時計を見た凪海花。

 時刻は十七時三十五分。

 部活も何もない生徒が残っている時間では無いものの、俺が急かしているだけで別にそんな遅いという訳でもない。

 「なんかあるのか?」

 「あーー、ちょっと用事が…」

 慌てる凪海花 。

 というか別に俺は止めてない。寧ろ帰ることを大推奨している。

 「先生さよーならー!!また明日!」

 いや切り替え早いな。

 「さようなら 。明日学校無いぞー。」

 バッ と手を振って教室を出、走って帰る凪海花の背を見送る。

転けないといいが。

 …と思うのも束の間。

 「いでえ“」

 転けたな 。

 階段の方から痛みを訴える声が響き、ドタドタとその声の主は去って行った 。

 

              * 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る