犀川太郎という男

犀川 よう

犀川太郎という男。

――40分のフリーの店舗型ヘルスで、マットプレイを強要したのがいけなかった。


 素人童貞である犀川さいかわ太郎たろう(32)は後に妹にこう述懐した。福利厚生風俗は出来るだけ安く済まそうと、毎回短い時間とフリーを選んでは爆死する太郎は、できるだけフィギュアやアニメグッズ(主にガル〇ン)を購入したいオタクとしてはやむを得ないと思い通っていた格安ヘルスで、ついに手痛い目にあってしまったのだ。


 を済ませスッキリした顔で、店の出口前に並ぶ黒服たちのお辞儀を受けながら太郎は店を出ようとしていた。この日も40分のフリーで見知らぬオバサンの、謎にカッチカチな硬い胸を使ったマットプレイを楽しんで、まあまあ満足しているところであった。しかしながら、店を出る瞬間、太郎はいつもの賢者気分を損なう会話を自分の背後から聞いてしまった。――太郎を見送りにきていたそのドフリーオバサン風俗嬢が別の黒服に「あのオタク。ショートのフリーのクセに、マットプレイを強要してくるの」、とボヤいたのを。


 怒る事も恥じる事も出来なかった。太郎が振り向いた時には店の自動ドアが閉まっており、そこに大きなサイズで貼られている「人が両手を前に押し出している姿の真ん中にアンダー18と描かれたロゴ」しか見ることしか叶わなかったのだ。もう一度店に入る度胸は太郎にはない。太郎は小さく溜息をついてから、「/(^o^)\オワタ」を呟いた。


 太郎はマットプレイが好きだった。厳密に言えば、自分からマットプレイを要求していくクセに、一向に慣れずに戸惑っている自分のことが好きなのだ。太郎はドMに仕上げられていた。高校時代にヤンキーギャルにることで、自分の無様さに少し酔ってしまう性癖スキルをゲットしてしまったのだ。

 それ以来、マットプレイを要求してプレーをしては、「俺、何をやっているんだろう……」感がたまらなくなったのである。しかもお金を払っているとはいえ、女性の労力までかけている。あのヤンキーギャルが履く黒ヒョウ柄のパンツがチラっと見えたことを一生の宝物オカズとして生きている太郎にとって、ヘルスでぬるぬるな空気ベッドのお遊びは、唯一の女性との接点である、夢ようなひと時なのであった。


 ヘルスからセルフ出禁になったようなものである太郎は、どうしようかとド〇キ前を歩いていた。――あのペンギンはアデレートペンギンなのだろうか。そんなことを思いながら店舗前の化粧品を眺めていたら、天啓に打たれた。


――そうだ、家でぬるぬる、だ!


 太郎は急いでド〇キの階段をふくよかなお腹を揺らしながら階段をのぼり、大人のエリアで「まるでローションみたいなぬるぬる」を購入した。これで、ガル〇ンの〇ほちゃんとお風呂で仲良しになれる。ぬるぬる西〇口流で(以下検閲削除)。


 太郎は思いついたら即行動のアクティブな男だが、残念ながら大事な準備については頭が回らない。「血液が脳より脂肪に回っている」とは太郎の妹の評であるが、今回も正鵠を射る結果になってしまった。

 

 家に帰ると、部屋に入り、大事な彼女フィギュアたちから今回の女の子を指名をすることにした。ヘルスではフリーなくせに、家に帰ると気が大きくなったのか、「パネマジがなくて最高だね!」なんて言いながら、ひとり、またひとりと、指をさしながら女の子を選んでいく。


君に決めたI want you!」と言いながらアンクル・サムのポスターのようなポーズをする太郎を、妹が廊下から見ていた。兄者がドアを開けっぱなしだったのだ。


「アンタ、何をしているの?」

「見ればわかるだろ? マットでふふふの準備だよ」

「何一つ理解できないけれど、〇んでほしいという感情だけは、心の底から湧いてくるのは何故なんですかね」


 残念ながら、兄妹であるがゆえに太郎の素行をすべて知っている(知らされている)妹は、右手にお胸の大きい女の子を掴んでいる兄を見て溜め息をついた。こういうときの兄は何を言ってもとまらない。そのリビドーが宇宙規模のエントロピーとして増大されていく事態を、妹にはとめる術は無いのだ。――兄がキュ〇ベエと契約できなかったことが悔やまれる。妹はこういう時に遭遇すると、自らのソ〇ル・ジェムが濁っていくのを感じた。


「お風呂、ちゃんと掃除してね」

「わかっている。妹氏の御政所お〇んどころな毛まできちんと掃除しますゆえ」

「キモ、〇ね!」


 太郎は背後から聞こえる妹の殺意愛情表現を受け流してから、マットは風呂の蓋で代用するかと考え、今日はショートではなくロングで楽しもうぞ、と、ひとりほくそ笑むのであった。


 おしまい。

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