第24話 王国暦270年7月15日 ある警告
フィリップの姿が見えなくなってたっぷりと時間がたった。漸く二人が息を吐く。
またどこかに潜んでいるのではないかと思ったが、馬の駆ける足音が離れていく。 また静けさが戻ってきた。風の音がさっきより大きく聞こえる。
「ああいう奴なんだよ……マルセル兄はともかくあいつは本当に曲がって性格してやがるし……軍師とかいうやつはみんなそんな奴ばかりなのかね」
エドガーが頭を掻きながら言う
「あいつは会わせたくなかったのが分かるだろ」
「ああ……ええ、そうね」
うわの空でセシルが答える。
確かにフィリップは美男子で立ち居振る舞いも洗練されていた。
それよりさっきのエドガーの言葉が頭の中をぐるぐる回っていてどう答えればいいか分からない。
ここに来た時に今とでは世界が違って感じる。
「あー、こんな形になったのはまあちょっと不本意ではあるんだが」
そう言ってエドガーがセシルを見つめた。
「おれは思ってることを言っただけだぜ、姫様」
エドガーが真剣な口調で言った……また頬が熱くなるのを感じる。
その言葉はセシルにとって今の状況を改善してくれるものではなかった。嬉しいような恥ずかしいような不思議な気持ちで少し息が苦しくなった。
◆
その後もしばらく二人であちこちに馬を走らせた。
色々な言葉を交わしたのだけど、セシルには何を話したかの記憶があまりない。
エドガーに見つめられるたびにさっきの言葉が頭をよぎって顔を直視できなかった。
それでも並んで馬を走らせているだけで気持ちが通じ合っている気がする。
そして、すこしエドガーと二人の兄の関係を羨ましく感じた。
小さいころから兄妹も姉妹も居らず一人ぼっちで、腹違いの妹とは立場も何もかも違っていて、疎まれている。
仲良くなるなんてことは出来そうにない。
太陽が少し傾き始めたころに都の城門に帰りついた。
昼下がりの城門は朝の時ほどの人はおらず、まばらな旅人や行商人たちが門衛と話している。
普段通りの長閑で平穏な雰囲気だ。
二人がセシルの館に戻ると、門の外でラファエラが二人の帰りを待つように立っていた。
二人をみたラファエラが一礼する。
「エドガー様、これを」
ラファエラが1通の封筒を差し出した。
エドガーが嫌そうな顔で赤い蝋封を見る。
「お二人がお出かけになってすぐに届けられました」
「フィリップの紋章だ……俺たちが帰ったところで見るように仕組んだんだろうな」
「お二人でお読みになるように、と、エドガルド様に申し伝えよ、とのことでした」
ラファエラが事務的な口調で言う。
手紙の蝋封が捺してある面には‘‘lis ceci, ne sois pas en colère,cher mon frère‘‘と流れるような筆致で描きつけられていた。
「怒らず読め、我が弟よ、か……なんて書いてあるのやら、だ」
出かけてすぐにこの手紙が届けられたということは、ああなることまで含めて計算済みだったということになる。
嫌そうな顔をしたままエドガーが蝋封を開けて手紙に視線を走らせる。
苦々しい表情がすぐに真剣なものに変わった
「なんです?」
セシルが手紙をのぞき込む。
そこに書かれていた内容はエドガーが表情を変えるのに十分な内容だった。
『イシュトヴェインの国内状況を解析するに、本格的な進軍は確実。軍勢は最大3万人規模。猶予は最大で6か月。
そうなればヴェルリットも呼応する可能性が高い。王の不在の影響は大きい。東部は我らが守る。南部の備えを怠るなかれ』
簡易に書きつけられた内容に二人は目を見張った。
イシュトヴェインが最近不穏な動きを見せているのは周知の事実だが、本格的な侵攻はないだろうというのが都の騎士団の通説だ。
それに本格的な進軍となれば糧秣の確保に兵の配置もある。
仮にあるとしても6か月以内に進行があり得るというのはにわかには信じがたいが。
そしてヴェルリッド王国は国境を挟んでいるとはいえ、カトレイユ王妃の生家バスティアン公爵家も含めて国内に親族をもつ家が多く結びつきは強い友好国だ。
いざと言うときはともにイシュトヴェインと戦うと考えるのが普通だ。
それがイシュトヴェインに呼応し我が国を攻撃するなどあり得るのだろうか。
「ムカつく奴だが……読みは信用できる」
エドガーの顔を見る限り、決して話半分に聞ける状況ではないのは分かった。
◆
一旦ここまで。
諸事情によりまた間を頂きますが、エタることはないのでそこは御安心頂きたく。
感想などお待ちしております。
戦乙女と白狼~死姫と呼ばれた魔法使いと辺境の最強剣士~ ユキミヤリンドウ/夏風ユキト @yukimiyarindou
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