第20話 幕間・王と王妃


「ご報告します、陛下」


 此処は王都の近郊の離宮だ。

 広々とした寝室にカトレイユ王妃の冷たさを感じる声が響いた。


 中央に何枚もの布を重ねた天蓋がつけられた寝台が置かれた部屋には、天窓と大きく取られたガラス窓から温かい太陽の光が差し込んでいる。

 ベッドには国王であるヴォルド3世が横になっていた。

 人払いをされた部屋には二人だけしかいない。


 王の部屋としては華美ではないが、調度品も壁紙も控えめな文様がはいり、落ち着いた上品な雰囲気を漂わせている。

 適度に温められた部屋は快適な温度に保たれていた。


「イシュトヴェインが今月は4回国境に押し寄せています。ですが本格的な侵攻ではありません。いずれも我が方が勇戦し撃退しています。

小麦の実りは今年はあまり良くなかった影響で、小麦粉の価格が上がっています。価格のつり上げをしている商人については、厳しい対応で臨むつもりです」


 傍らの机の置かれた書類を取り上げて、明瞭に王妃が話す。


「苦労を掛けるな、王妃よ」


 ベッドから体を起こしたヴォルド3世が応じる。

 イシュトヴェインとの戦いで受けた矢には特殊な毒が塗ってありその毒が体を弱らせた。

 そして、その後、隊長が回復せぬままに政務に復帰したところで流行病に倒れた。


 かつては鎧を着こなし戦場で指揮を執った彼だが、今はそれは出来ないだろう。

 鍛え上げた体は痩せてしまってかつての面影はない。

 今は離宮の庭を散歩するのがせいぜいだ。


 頭脳に衰えはないが、様々な重圧がかかる過酷な王としての政務をこなすのは難しいだろう。

 心をささえるのは体である、とはよく言われることだ。


「魔獣は今のところ小康状態ですが、南部湖沼でリザードマンの群れが目撃されました。一部の群れはセシルが討伐しました」


 カトレイユ王妃が言うと、ヴォルド3世の顔に複雑な表情が浮かんだ。

 愛娘の成長と活躍を喜ぶ父の気持ちと、危険な戦いに挑む彼女を案ずる気持ち、そしてそれをさせているカトレイユ王妃を咎める気持ち。


 その表情もすぐに消えた。

 カトレイユ王妃もそれに気づかないふりをする。


「分かった。この後も頼むぞ」

「それでは、王陛下……ご自愛を」


 カトレイユ王妃がベッドに歩み寄って、ヴォルド3世に顔を寄せて唇を触れさせる。

 短いキスが終わって王妃が一礼して部屋を出た。



「ご苦労様です、王妃様。実家から書簡が参っております」

「分かりました」


 控えの間で待っていたロンフェン宰相の言葉に応じて王妃が廊下を歩く。

 明るい光で満たされた石づくりの廊下に護衛の兵士と王妃の足音が響いた。


「どうなさいましたか?」


 足音から感情をくみ取ったように宰相が聞くが王妃は何も答えなかった。


 肌を振れ合わせることは時に1000の言葉以上に心を伝える。あのキスをしたとき、自分は愛されていないことが伝わってきた。

 ……王の愛は今もやはりあの女にあるのだろうか。


 でも、ここにいる限り、あの人は私だけのものだ。

 誰にも渡しはしない。

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