第19話 幕間・とある国境線にて

 おはようございます。

 幕間を2話更新して、その後、また1エピソード分を連投します。


 引き続き応援いただけると幸い。よろしくお願いします。


 ・5/29追記

 

 予期せぬトラブルにより1エピソード追加はもう少しお待ちください。申し訳ない。 



 風きり音を立てて城壁の下から矢が飛んだ。

 ほとんどが分厚い城壁のレンガにぶつかって跳ね返るが、一本が城壁の上で石弓を構えていた兵士の肩を貫いた。悲鳴が上がってその兵士が倒れ込む


「大丈夫か、シャルル」

「医療兵!怪我人だ」


 城壁の下から波の音の様に聞こえるイシュトヴェインの歩兵の鬨の声と、城壁の上で反撃するフォンティーヌの兵士たちの怒号。

 弓の弦の音と鎧の金属部分のぶつかる音、兵士たちの足音と馬の鳴き声。

 隊長の声が混ざり合った音に負けない大きさで響いた。


 後ろに控えていた兵士たちが怪我人を引きずって言って、鎧を外して手際よく包帯を巻いていく。

 致命傷ではないが、矢には毒が塗られていることもある。油断はできない。


「ひるむな!打ち返せ!装填が済み次第各自応戦!」


 イシュトヴェインとフォンティーヌの国境の防壁。

 その一角を任された騎士フィリップが命令を下して、兵士たちが応じて次々と城壁の上から矢と石が降り注ぐ。

 下からイシュトヴェインの兵士たちの悲鳴が聞こえた。



 攻撃が開始されて数刻後、イシュトヴェインの兵士たちは引き上げて行った。

 フォンティーヌ側にも追撃をするほどの余力はない。

 兵士達が使えそうな矢を回収し怪我人の手当てをする。


 フィリップは防衛用の城壁の中を見て回った。

 幸い被害は軽微だ。それに真剣な攻撃ではない。投石器マンゴネル攻城用弩バリスタのような大型兵器はなく、騎馬兵に率いられた300人程度の歩兵と弓兵だけだった。

 力押しでここを落とすのはその5倍は必要だろう。


「ご報告します、隊長」


 声を掛けてきたのは傭兵上がりの従士であり副長のロンヴァルドだった。

 あちこちに傷があり顔は汗と埃にまみれているが、疲れた様子は見えない。


「死者はなし。負傷者は15名。重傷者は2名です。一応騎兵に周囲の様子を探らせています。使えそうな矢は回収中です」

「よし」


 がっしりした体格と戦歴を語るような向こう傷。

 戦士然とした見た目だが、気配りが行き届いていてやることは抜かりはない。


 実戦経験豊富なたたき上げのロンヴァルドの存在は、騎士の家に生まれてまだ若干20歳と実戦経験が多いとは言いかねるフィリップとしては頼れる存在だった。

 35歳で一回り上だが若い自分を侮らずに仕えてくれているのもありがたい。


「最近多いですね」


 ロンヴァルドが言う。

 

「王陛下の不在が響いているな」


 そう答えるとロンヴァルドが頷いた。

 国王ヴォルド3世はイシュトヴェインの戦で負傷し、その後は流行病を得て長く国政の中心から離れている。


 カトレイユ王妃とその側近がその不在を埋めているが、やはり王に比べると頼りなさは否めない。

 不在が長くなり国内の貴族にも動揺が見られる


「分かってもらえるか?」

「ええ、傭兵団でも団長がいるのといないのでは士気にかなり差が出たもんです」


「なめられているのさ」


 王自身にこれといって高い戦闘能力があるわけではない。

 当たり前ではあるが、神話で語られる英雄王の様に、剣の一振りで地を穿ち天を薙ぐ、などと言うことは出来ない。


 しかし、王自身が先頭に立ち指揮を執るというのは兵士たちを奮い立たせる。

 不思議なものだがそういうものなのだ。


 戦は兵の数や武器の数だけで決まるものではない。むしろそれは副次的要因に過ぎないとさえいえる。

 そういうことは専任の騎士たちに何度も言われたものだが、この砦の守護を任されて何度かの実践を経てようやくフィリップにも分かってきた。


 戦うのは兵士たちであり、その戦意を支えるのは守るべきものの存在だったり、命をささげるに値するものだったりする。

 何万本もの矢も高い城壁も、戦う意思がある兵がいなければ張り子の虎だ、役に立たない。


「威力偵察でしょうか」

「そうだろうな」


 当たり前だがイシュトヴェインも暇に飽かせて攻撃してきているわけではない。

 こちらの状況を探っているんだろう。来るべきもっと大規模な侵攻のために。いずれ本格的に装備を整えた本隊がこの城壁を襲うだろう。

 それがいつかは分からないが


「よし、俺は負傷者を見舞う。

酒舗を開けて皆にワインを一杯づつ振る舞え。ただし緊張は切らさない様に。また攻撃が来る可能性があるからな」

「承知しました、隊長殿」


 ロンヴァルドがにやりと笑って一礼する。


「隊長殿の許可が出たぞ。配食係、ワインを出せ。ただし飲み過ぎるなよ!」


 ロンヴァルドが言うと兵士たちが歓声を上げた。

 城壁内に漂っていた淀んだ雰囲気が少し柔らかくなる。 


 自分が命を捧げるに値する指揮官でなくてはならないと思ってからは自分の振舞も変わってきたように思う。

 兵士たちが従うのは、騎士の地位でも鎧に刻んだ紋章でもない、お前自身だ。何度も父や先輩の騎士に言われた言葉を思い出す。


 王が不在であろうとも、ここを抜かせはしない。

 しかし。改めて城壁を見る。堅牢ではあるがつくりは古くあちこちにガタが来ていることは隠しようだない。

 本格的な進行になった時まもりきれるだろうか。 

 

 普請をしたいところだが、なかなか予算が降りてこない。

 都の危機感が薄いのが気になるところだ。

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