第18話 王国暦270年6月24日 大切な時間
「此処に姫様の母上がおられるんだな」
「ええ」
リザードマン討伐の功績を認められて、母との面会の許可が出た。
前に会った時から2か月ほど。これだけのペースで会えるのは久しぶりだ。
しかも今までと違って、兵士の犠牲もなく無理な魔法で体を削ることもなく来れた。
石造りで圧迫感を感じる建物だが、今日は少し気が楽だ。それの今日はエドガーがいてくれる。
母の部屋がある廊下の奥にはいつも通り衛兵がいた。
彼がエドガーの方を怪訝そうに見て一礼する。
「では姫様。こちらを」
扉を守る衛兵がいつものように赤い砂が入った砂時計を差し出す。
セシルがそれを受取ろうとした時に、その砂時計をエドガーが横からひょいと取り上げた
「何をする?」
衛兵が険悪な口調で言ってエドガーを睨んだ。
エドガーが意に介さないように砂時計を机に立てるように戻す。
「この砂時計の砂が落ちる間、面会できるってことなのかい?」
「その通りだ。王妃様のご命令だ」
衛兵が応じる。エドガーが衛兵の肩に手を置いた。
「なあ、衛兵殿、姫様は未曽有の戦果を上げられた。其れは知っているだろう。
ならば多少の特例は認められてしかるべきだ、そうは思わないかい?」
「そうはいかん。王妃様のご命令だ」
強い口調で門衛がエドガーの言葉を拒む。エドガーが頷いた。
「役目に忠実だな、騎士の鏡と言っていい。だが、少し疲れているように見える。
それにこの砂時計……ずいぶん使い込まれているな。いつも働いてそうじゃないか。扱き使うのは酷ってもんだ。君もこの砂時計も休息が必要に見えるぜ」
そう言ってエドガーが傍らの机に砂時計を横に倒した。
「そう思わないか?」
エドガーが念を押すように言う。門衛がセシルの方を見て首を振った。
「……お前の言いたいことも分からなくはないがな……私にも立場が……」
「大丈夫だ。何か言われたら狼にほえられた、と言えばいいさ。アウグスト・オレアスの白狼にな」
「アウグスト・オレアスの白狼……だと?」
その衛兵がエドガーをまじまじと見た。
「まさか……あなたが?」
信じられないものを見るような衛兵に、エドガーがにやりと笑って頷いた。
「今はセシル姫様旗下だ。なあ、衛兵殿、名前は?」
「ロイアーです」
衛兵が姿勢を正して答える。
「さあ狼に追われて外に出よう、ロイアー。
狼はしつこく追いかけてくるだろうからな、近くに山があっただろ、そこに逃げ込むのがいい。ワインとパンでも持って行こう。勿論街でもいいがね、まあ歩きながら決めようじゃないか」
そう言ってエドガーが親し気にロイアーと肩を組む。
「姫様、今日は時間を気にせずにいてもいいそうです」
エドガーが言って衛兵と一緒に廊下を歩いていく。
砂時計は机の上に転がったままだった。
◆
「セシル、会えてうれしいわ」
ドアを開けるとマルグリッドが立ち上がってセシルを出迎えた。
部屋の中は暖かく、前よりも少し快適になっていた。サン・メアリ伯爵が気をまわしてくれたのだろう。
母も少し顔色がいい気がする。
「母上もお変わりなく」
「ありがとう……いつも苦労ばかりかけるわね」
マルグリッドが言ってセシルを怪訝そうに見た。
「今日は……砂時計は無いの?」
「ええ、ありません。だからゆっくりお話しできます」
マルグリッドの顔に不思議そうな表情が一瞬浮かんだが、すぐに納得したように嬉しそうな微笑みに変わった。
「少し顔色がいいわね……なにかいいことがあったの?」
マルグリッドが少し不思議そうに尋ねる
「ええ、お母様」
エドガーのことを想う。
彼と出会ってから1月ほどだが、一月前には今のようになるなんてことは想像することも出来なかった。
でも、母の境遇は変わっていない。この狭い部屋に閉じ込められたままだ。
……私だけこんな風に幸せになっていいんだろうか
「貴方の幸せが私の幸せよ」
マルグリッドがセシルの心の内を察したかのように言った。
「さあ、そんなことより時間があるなら聞かせてちょうだい。最近はどう過ごしているの?」
「はい、母上」
その日は時間を気にすることなく夜まで語り合った。今のこと、エドガーのことも。
マルグリッドはそれを静かに聞いてくれた。話したいこと、聞きたいことはいくらでもあった。
普段なら砂時計を見ながら寸暇を惜しんで話さないといけない。
でも今日はそんなことをする必要はない。何もせずに手を握り合うという贅沢な時間の使い方もできる。
話続けているうちに、太陽が傾いて部屋の中に差し込む光が次第に赤く変わってきた。
影が長く伸びたころにドアがノックされる。ドアが開けられてロイアーとエドガーが入ってきた。
「姫様、もうじき夕食時でして……召使やメイドが参ります。どうかここまでで」
ロイアーが申し訳なさそうに言う。
マルグリッドが手を広げた。セシルがマルグリッドに体を寄せて、硬く抱き合う。
互いの存在を確かめるような抱擁を終えて、セシルとマルグリッドが離れた。
「ありがとう」
「無理を言って悪かったな、ロイアー」
「いえ、名高きアウグスト・オレアスの白狼にお会いできる機会があろうとは思いませんでした」
ロイアーが嬉しそうに言う。
「では、母上」
「セシル……無事でいてね。エドガー様、セシルをどうか宜しくお願いします」
マルグリッドがエドガーに向けて深く一礼する。
「ご案じなさいますな。母君。姫は必ずや俺がお守りします」
エドガーが言った。
◆
城の外に出たらもう日は傾いていて空は赤紫に染まっていた、
都に帰ったらかなり遅くなっているだろう。城門のところにつないだ馬に飛び乗る。
ラファエラがいつも通り夕食の支度をしてくれているはずだけど、とても普通の夕食の時間には間に合いそうにない。
こんな風になるなんて考えもしなかった。
「ありがとう、エドガー」
「いえいえ、姫様のためならこの程度、お安い御用ですよ」
エドガーが言って自分の馬をセシルの馬に並べた。
もう一度、母の部屋の方を見る。暗くなり始めた中で、窓から漏れる明るい光が灯台のように見えた。
エドガーが前に言ったことを思い出した。手柄を立てればすべてが変わる、と。
二人で手柄を立て続ければ……母をこの牢獄から連れ出すことも出来るだろうか
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