第16話 王国暦270年6月12日 リザードマン討伐戦
2日の行軍を経て、セシルたちは今回の目的地であるリーザスに到着した。
其れなりに長い移動だったが兵士たちの表情は明るい気がする。新しい揃いの隊服が士気を上げるというのは本当のようだ。
「お待ちしておりました」
街の執政官の館に行くと、50歳くらいの痩せた男性執政官と若い戦士風の男が何人か出迎えてくれた。
戦士風の男は街の自警団だろう。あちこちに傷があって頭と左目には包帯が巻かれていた。
「状況は?」
「リザードマンの群れです。恐らく数は100体ほど。南の湖沼地帯で縄張りから追い出されたようです」
リザードマンは荒れた湖沼地帯に住み着いている。
人間にとっては近づきがたい場所だから、本来は人の活動領域とは重ならないが、群れが移動してきたりすると、このように人間の町の近くに現れることもある。
リザードマンと人間が戦うことが少ないのは生息領域が重ならないからというだけに過ぎない。
特に人間に友好的なわけではなく、知性は多少の武器を使う程度ではあるものの獣に近い。
縄張り意識が強く攻撃的で雑食性で何でも食べるので、縄張り内ならば家畜でも人でも食い荒らしていく。
厄介な存在だ。
ゴブリンに比べて体は頑丈で単体では人間が対抗することは難しい。
恐らく自警団も抵抗はしたのだろうが、正規兵であっても正面から戦えば危ない相手だ。
農民や市民で組織された自警団では荷が重すぎる相手だろう
「抵抗したのですが……南の湖の水辺を奪われました。川沿いも危なくて近づけません」
「お願いします。何とかしてください」
「あの辺の畑を奪われたら俺たちは食っていけないです」
「どうかよろしくお頼みします」
そう言って執政官たちが頭を下げた。
◆
翌日。休息をとってセシルたちはリザードマンが巣を作っている水辺が見える丘の上に居た。
兵士たちはすでに隊列を組んで準備万端だ。新しくあつらえた旗が初夏の青い空にひるがえっている。
「今回も俺が切り込む。いいよな」
「分かりました」
「御武運を」
当たり前のようにエドガーが作戦会議を仕切っているがそれをとがめるものはいない。
彼がアウグスト・オレアスの白狼、ということは部隊中に知れ渡っているが、それより彼が先の戦いで示した強さは誰もを納得させた。
強い者は味方を支え、味方はその強い者に導かれ士気が上がる。
戦いにおいて先頭に立ち士気を高めるものがいるのといないのでは、兵士たちの戦意には天と地ほどの差が出る。
「とはいえリザードマンを全部は倒せない。姫様を頼むぜ」
「お任せください」
ガーランドと歩兵を率いる騎士が一礼する。
「リザードマンは槍を使う奴が多い。こっちも長槍で迎え撃て。上から叩くようにするのが効果的だ。近づかせると苦しいからな」
「戦闘経験があるのですか?」
「ああ、何度か。油断するなよ。ゴブリンより遥かに硬いししぶといぞ」
エドガーが言う。
「弓兵は左右に展開。
「了解しました」
弓兵の指揮官がエドガーの言葉に応じる。
「姫様は魔法で援護をお願いします。頼りにしてますよ」
「ええ」
◆
長槍で武装した歩兵を前衛として、セシルの軍が湖の傍に展開した。
腰位まである長い葦が生い茂っていて視界が悪い。足元も水を含んでいて足場が悪い。
少し暑い太陽に照らされて湿気が立ち上っていた。
青い空と長閑な景色は今から血生臭い戦闘が行われるなんてことは感じさせない。
湖の周りの茂みが蠢いて粗末な槍の穂先が覗いた。
それに遅れて3メートル近いリザードマンの巨体が姿を現した。長い首と長い牙が伸びたトカゲの顔。
緑の鱗に覆われた巨体は遠目にも威圧感がある。
こっちを見たリザードマンの群れが巨体に似合わない速さでこっちに駆けだしてきた。
足音と水を跳ね飛ばす音が静けさを破って響く。
「弓兵!放て!」
命令が響いて弩の弦の音が立て続けに響く。
長弓より遥かに強くまっすぐ飛んだ矢がリザードマンの群れに命中した。
だが致命傷には程遠い。何体かは足並みを乱すが、矢が刺さったま突進してくる。
「では姫様、行ってきます」
散歩にでも行くような気楽さで言って、エドガーが獣憑きの光を纏って突進した。
何本かの
再装填が済んだ弩の矢が飛んでリザードマンの群れに突き刺さる。
リザードマンの群れに飛び込んだエドガーが大剣を振り回す。
剣が光の円を描くようにしてリザードマンを狩り殺した。
青色の血が飛び散ってリザードマンが次々と倒れる。
だが流石に一人で全てを倒すというわけにはいかない。
エドガーの件を逃れたリザードマンの一部がセシルたちの本陣に向けて突進してくる
「迎え撃て!半分は槍を前に突き出せ。半分は槍を高く掲げよ!」
「【mur de pierre et haut château, protégez notre chevalier】」
ガーランドの命令と同時に、セシルの魔法が発動した。
濡れた地面から岩が次々と突き出す。石壁に遮られてリザードマンの突進が止まった。
走った勢いそのままに突っ込まれたら歩兵の槍部隊も蹴散らされていたかもしれないが、これならばそんなこともない。
「歩兵前進!」
歩兵を率いるガーランド達の命令が飛ぶ。
槍を水平に構えたまま兵士たちの隊列が前におしだした。岩を乗り越えたリザードマンが向けられた槍におびえたように脚を止めた。
そこを振り下ろされた槍が打ちのめす。
尚も奇声を上げて突撃してくるリザードマンだが、次々と槍に突き刺されて倒れる。
歩兵とリザードマンの攻防が続き、兵士たちの声とリザードマンの鳴き声、硬いものがぶつかり合う音が交錯する。
ついにリザードマンの隊列が崩れた。
一部が逃げようとして、後ろから突っ込んでくるリザードマンとぶつかり合って混乱を起こした。
そして、この攻防はセシルの詠唱の時間には十分だった。
「【tempête de neige blanche, tous les ennemis sont gelés et reposent dans la glace】」
詠唱が終わると同時に周囲の気温が一気に下がる。
僅かな間があって、湧き上がるように白い嵐がまき起こった。逃げようとするリザードマンの群れを捉える。
暫くして唐突に身を切るような寒さと風が止む。
緑の草地の一角が真っ白に染まっていて、そこには葦とリザードマンの群れが氷の彫像のように並んでいた。
兵士たちが驚きの声を上げる。
彼らが見守っている中で、リザードマンの体が砂糖菓子のように粉々に砕け散った。
セシルがエドガーの方に目をやる。
無数のリザードマンの躯の中央に立つエドガーがセシルの視線に気づいたように手を振った。
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