第15話 王国暦270年6月1日 出撃命令
あの食事の日から2週間ほどが経った。
エドガーは定期的にセシルの館に現れては、お茶を飲んだり色々と話をして行く。
そして、今日も同じようにエドガーが館に来ていた。
もはや当たり前のようにラファエラが準備していた二人分のお茶を出して部屋を出ていく。
「やあ、姫様。今日もお美しい」
二人きりになると、エドガーが言う。
来るたびにそう言う風に言われるといつも似たようなドレスでいるのが恥ずかしくなってしまう。
「あの、エドガー、いつも来てくれるのは嬉しいのですけど……貴方にもやることがあるのでは?」
「剣の稽古は怠りありませんよ。それに今は俺は姫様にお仕えする身ですからね。お傍に居るのが仕事と心得ております」
そう言ってエドガーが頭を下げてくれる。
普段着のことなんて考えたことはついぞなかったけど、なにか仕立ててもらう方がいいんだろうか。
でもこの間のエリーザベトのような華やかなドレスは似合わないだろうし。
どうすればいいのか分からない。
そんなことを考えつつお茶を飲んでいたところで。
「姫様、エドガルド様。失礼します」
ホールのドアがノックされてラファエラが入ってきた。手には白い大き目の封筒が握られている。
白い紙には赤い蠟封にサン・メアリ伯爵の紋章が捺されていた。
「……命令書だわ」
穏やかな夢を見ていたところで突然起こされた気がした。
出撃命令だ。
そうだ……当たり前だけど永遠にこんな風に過ごすことは出来ない。
◆
命令書が届いて1週間後、出撃命令の日。
普段通りサン・メアリ伯爵の陣営に行くと既に兵士たちが勢ぞろいしていた。
ただ普段と違うのは、全員が揃いの青い軍装を纏っていることだ。
間違いかと思ったが、同じ衣装を着たガーランドがセシルの前に進みでてきて、ようやく間違いでないことが分かった。
「気を付け!姫様に敬礼!」
ガーランドが言うと兵士たちが足を鳴らして敬礼する。
今までの寄せ集めの兵士と言う雰囲気はもうない
「これは?」
「勝手と思ったが……俺が用意した」
これまた同じ衣装を纏ったエドガーが言った。
エドガーのものだけは外套に大きく狼の文様が刺繍されている。
「……なぜです?」
彼がこんなことをする理由はないはずだ。
「いくつか理由はあるんだが……まずはそろいの隊服ってのは兵士たちの団結力を生む。まあこれはアニキの受け売りだが」
エドガーが言ってガーランドが頷く。
そういうものなんだろうか。でもこの二人がそう思うならそうなんだろうとセシルは思う。
二人とも様々な戦場を潜り抜けた猛者だ。
「二つ目は、装備がきちんとして入れると士気が上がる。これは大事だ……三つ目は、また今度に言うよ」
自信満々にエドガーが言う
もしかして、あの時にエリーザベトに揶揄されたことを気にしてこんなことをしてくれたのだろうか。
でも。
「でも……どこにこんなお金が?」
200人の兵士分の隊服は相当な額のはずだ。
それに加えて白地に青の吹き流しのような旗がはためいている。
白地には魔法の杖を持った女性の横顔をモチーフにした図案が衣装化されていた。
他の旗には狼と鳥の文様。どちらも手が込んだ作りだ。
「アウグスト・オレアスの屋敷から出させた。一応俺にも動かせる金はあるのさ。
本来はバレずに武者修行のつもりだったんだが、バレちまったから、まあね」
エドガーがこともなげに言って、兵士から青い上衣を受け取った。
「では、姫様はこちらを」
そう言って青い上衣をふわりとセシルに掛ける。
青を基調とした鳥の羽のような模様が入っていて、裾と襟元には白い白鳥の羽が植え込まれている、上質のものだ。
「失礼、姫様」
エドガーがそのまま上衣の前の組み紐を結ぶ。
あまりの近さと胸元に触れる指先にセシルの体が強張る。鍛えあげられた体の熱が伝わる気がした。
◆
「今回の任務は?」
「リザードマンの群れの討伐です」
「リザードマンか、それはまた厄介な連中だな。俺達だけかい?」
エドガーが言う。
普通は騎士団二つを動員して行う規模の討伐だが……王妃様の差し金だろうか。
この間のエリーザベトとのやり取りを思い出す。
「ええ、そうなります」
「つまらない嫌がらせかな……だが好都合だぜ、姫様」
エドガーが察したように言って不敵に笑った。
「なぜです?」
「困難な任務の方が成功したときの戦功はデカい。
しかも今回は後詰がいないならこの間のように手柄を横取りされることもない」
エドガーが言うが……そう簡単に行くだろうか。
「それに俺と姫様。それにここの勇敢な兵たちが居れば問題ないさ、なあ、皆そうだな!」
エドガーが兵士たちに呼びかけると、兵士たちが槍を掲げて応じた。
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