第2話 王国暦260年10月5日 別離の馬車
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◆
あの日から二年。
冬が迫るある日、突然マルグリッドとセシルの住む館を二台の大きめの馬車が訪れた。
二人の部屋に先頭に入ってきたのは白いドレスで着飾った女だった。
白い肌と切れ長の冷たい目の完璧に整った顔は仮面を思わせる。
艶のある濃い茶色の髪を後ろに結い上げて、頭には小さめの王冠が乗っていた。
その後ろにはサン・メアリ伯爵と4人の兵士らしき武装した男たち。
普段は優しい笑みを浮かべているサン・メアリ伯爵は今日は硬い表情を浮かべていた。
「王妃様」
「叔父様」
マルグリッドが椅子から降りて跪く。
サン・メアリ伯爵に向かって駆け寄ろうとしたセシルをマルグリッドが抱き留めた。
「貴方がマルグリッドですね」
「はい、王妃様」
恐る恐ると言う感じでマルグリッドが言葉を返した。
「今日の用事は一つです。マルグリッド。今からセシルを連れて行きます」
「それは……王妃様、どういうことでしょうか」
「セシルには魔法の素質があると言う事は知っています。貴重な魔法の素質を持つものをこんなところで遊ばせておくわけにはいきません。
今日から適切な訓練を受けさせ、いずれは戦場に出てもらいます」
セシルにとって初めて会ったその人、美しく着飾ったカトレイユ王妃が言う。
その言葉はまるで心を持たない人形のように冷酷だったが、マルグリッドを見る目には憎悪のような炎が燃えているのは彼女にも分かった。
「女が戦場に立つなど……聞いたことがありません。王妃様」
「戦に際しても王族が範を示さなくてはなりません。王陛下がお倒れになった今、誰かが戦わなくてはならない。
王族として戦うことは名誉あることです。貴方のような卑しい生まれの者には分からないでしょうが」
「ですが……カトレイユ王妃様、この子はまだ子供です」
「子供であろうがなかろうが、王族に連なるものは範を示す義務があるのです。
しかもこのものは魔法の素質を有するというではないですか。
ならばなおのことです。きっと
冷たく言い放ってカトレイユ王妃がサン・メアリ伯爵の方を向く。
「下賤な血を引くとはいえ王陛下の子です。サン・メアリ伯爵。死なせぬように注意しなさい。こころしてね……選りすぐりの兵をつけるのですよ」
「御意のままに。王妃様」
すがるようにサンメアリ伯爵をみたマルグリッドの顔が青ざめた
「王陛下はご存じなのでしょうか」
「王陛下はお忙しいのです。この程度の差配は私がするのが当然でしょう、それが王妃の務めです」
マルグリッドの立場は1年前にカトレイユ王妃に待望の長女が生まれてから一変していた。
有力諸侯の娘であるカトレイユ王妃、しかも子を為したとあってはぞんざいには出来ない。
ヴォルド三世がマルグリッドに会いに来ることも殆どなくなってしまった。
しかも王は一月前のイストヴェインとの戦争で矢を受けて以来体調を崩した。
傷に加えて流行病を得て今は離宮で体を癒している。
「連れて行きなさい」
カトレイユ王妃が言って一人の兵士がセシルの手を引いた。抱きしめ合う二人を兵士たちが引き離す。
「お母様!」
「セシル!」
二人が手を伸ばし合うが、その手が触れることはなかった。
セシルがそのまま部屋の外に引き出される。マルグリッドの声は厚いドアに遮られてセシルには届かなかった。
◆
「あの……」
セシルが周りに立つ男たちに声を掛ける。しかし誰も返事をしなかった。
硬く冷たい拒絶するような空気。
いままでマルグリッドや父王、それに優しいメイドたちと一緒だったセシルにとって初めて感じる空気だ
「これから貴方には色々とやることがあります。
手始めに兵の指揮と魔法の訓練からです。貴方は今日から国王陛下の血をひくものとして魔法使いとして兵を率いて戦うのです。これは王族としての義務です」
「でも……私、そんなこと」
「今までのような甘えは許しませんよ」
言いかけてセシルが口をつぐんだ。冷たい目がセシルに何も語らせなかった。
「貴方が義務を果たす限り、貴方の母の身柄は保証してあげましょう」
「それは……あの」
「連れて行きなさい」
そういうと男がセシルを四方を囲むように立って歩き始めた。
押されるようにセシルも歩く。背の高い男のむこうで仲のいいメイドの姿が見えた。
泣きそうな顔をするもの、近づこうとして足を止める者、俯いて目を逸らすもの、様々だったが……誰も助けてはくれないことは分かった。
◆
屋敷の外に出た。冬の冷たい風が顔をなでる。いつもより冷たく感じた。
母の姿を求めてセシルは館を見上げる。母の居るはずの部屋には分厚いカーテンが掛けられていた。
昨日までは暖かく見えていた白い壁の館がまるで巨大な檻に変わってしまったようだ。
館の前には一台の黒い馬車が止まっていた。
武骨な四角い馬車の前まで、男たちに押されるようにしてセシルが歩く。
「乗りなさい」
重たげなドアを開けて男が有無を言わせない口調で促す。逆らうことはなど出来ようはずもない。
硬い黒いソファに腰掛けると、一人の兵士がセシルを押し込むように座る。
そして、馬車が軋むような音を立てて動き出した。
不安のあまり自分の体を抱きしめようとして、いつも一緒に寝ていた兎のぬいぐるみを部屋に置いてきてしまったことを思い出した。お気に入りのリボンもドレスも何もない。
でも取りに帰りたいと言っても聞いてくれないだろう。
小さな窓越しに屋敷の周りの景色が流れていくのが見えた。
その時初めて理解した……自分は独りぼっちになってしまったんだ、と。
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