魔女の森に産まれし忌み子

空見 大

第1話 受胎

――その子供は呪われていた。

亜人の子として母の胎内に宿ったその子供は、100年余りも出産されることはなくをもってしても体外に出すことすら叶わなかった。


ある日その子供はひっそりとその母の腹から消える。

奇妙なその呪われし赤子は自らの寿命を終え、次の体へと転生したのだ。

そこでも赤子は外に出ることはなく、そうして赤子はありとあらゆる種族の子となった。


たとえどのような種であろうともきっかり100年、母の腹の中にあったその子供はただ漠然と母から与えられる栄養とぼんやり見える外の世界を眺めて数千年を過ごす。

赤子には善悪の区別などなく、ただ己がいまのままある事だけは世界に運命付けられているように感じていた。

そうして赤子はまた数千年の長い年月をただ生まれて死んでいく。


世界にそう決められているから、そんな事を考えていたわけではなく漠然と己の定めを受け止めていた赤子。

だがあるとき、ふと赤子は思った。

外の世界を見てみたいと、自分と母以外が存在する世界を見てみたいと。

ほんの気まぐれの様な物、まるで理性すら持たない赤子にそんな考えが浮かんだのはまさに奇跡といっていい程の物だ。


何にせよ、このたった一瞬の思い付きで赤子は世界に産み落とされる。

それは赤子が転生を続けて丁度50回目の事だった。


△▽△▽△▽△▽△▽△▽


とある小さな村の一角で可愛らしい男の子が生まれた。

これと言って特に特徴もない平凡な両親の間にできたその子供の名前はカリス。


平凡な両親から生まれたその子供は、だが平凡な子供というにはあまりの異形であった。

まず髪がまるで月明りのない夜空のように黒い。

茶髪の両親から生まれたとはとても思えない色であり、逆に目はまるで黄金の様な綺麗な金であった。

夫が妻の不貞を疑ってしまうほどの外見の異常、だがこの少年の異常はそれだけにとどまらない。

全身を覆いつくすありとあらゆる種族の特徴、翼が、鱗が、泥が、およそ人ではない者達の特徴を兼ね備えカリスは生まれた。


「の、呪いじゃ!! 早くその赤子をどこかへ捨てろ!!」


そう叫んだのはいったい誰だったか。

腹を痛めて産んだ母ですらそれが自分の子供だと認識できないのだ、まだ赤子だと言ってくれるだけ優しいのかもしれない。

その子供は忌子として当然のように捨てられ、以来その村ではその子供の生まれた日は呪われた日であるとされた。

村の外にはこの話が漏れ出ないようにし、悲しみにくれる一組の夫婦以外はいままでと何も変わらずに村は続いていく。


ではそんな呪われた存在と呼ばれたカリスはどうなったのだろうか。

よほどその子供が気味悪かったのだろう。

村の人間の手によって徒歩で20分ほどのところにある高い崖の上から投げ捨てられたカリス少年は、生まれたばかりの体でろくに逃げる事も出来ずに数十メートルを自由落下。

たまたま下に水があったため即死こそ免れたものの、生まれたばかりで何もできない赤子ではとてもではないが生き延びることは難しいだろう。

全身を貫くような冷たい水と母から与えられていた酸素を自分の力で手に入れる事の難しさを水中で味わうカリスは、この時初めて生きたいと心の底から渇望していた。

思い出すのは安心感と安堵があった母たちの腹の中、だがあそこから抜け出したいと渇望したのはまさに自分でありこの場所にいる理由はみずらかの願いがあってこそ。

再び輪廻の輪に入ることを運命づけられているようなその少年の運命は、わずかな後悔とそれでも明日を望む強い意志によって偶然ではあるだろうが奇跡的な確率でもっていまだ生存を許される。


「おや。魚でも跳ねたのかと思ったら子供が流れてくるとは、いったいどうなってるんだい」


目は見えず、母の胎内しか知らないカリスは冷たさという身体の異常にパニックを起こしていたが、不思議とそんな声を聴いてその混乱が収まっていくのが自分でも感じられた。

血に浸したような赤い髪をしたその老婆は、年に似合わず鋭い目つきをしており、その目はジッとカリスの事を見つめている。


再び川に流されれば自分の命はないだろう。

何度も経験した死に対しての恐怖はカリスにはなかったが、ようやく出れた外の世界を失う事は体が知らずの内に身震いしてしまうほど怖かった。


そんなカリスの体の震えを感じ取ってか老婆は優しくカリスに声をかける。


「行くところがないなら内に来な。老い先短い婆だが、次の命をつなげられるなら安いもんさね」


そういって老婆はカリスを抱きかかえる。

人生で初めて味わう不思議な暖かさ、母のそれとはまた違う心地よさはカリスが味わったことがないものだ。


「私の名前はウィンター、お前さんは……カリスっていうのかい。よろしくカリス」


服に取り付けられた名札を見て嬉しそうにそう口にするウィンターに抱かえられて、カリスは森の中を進んでいく。

本来死ぬ定めに有ったはずの子の命、救われたことによって今後どのような影響のこの世界に及ぼすのか。

それを知っている者はまだいない。

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