第25話 やはり想い出は美しすぎて
「あ~……やっと終わった~」
週末に近くなり、余分な仕事も抱えてしまっていた為、普段よりも普段よりは忙しく感じていた。ようやく仕事が終わった冬馬は、少々疲れながらも帰宅していた。
(余分な仕事が増えたから、何だか今日は疲れたなぁ)
と心の中で呟く。だが不思議と気分は悪くなかった。むしろ充実感に溢れていたかもしれない。家に帰ったら夏子が待っている。そう考えるとしっかりと仕事を熟そうと思うのだ。冬馬にとっては、なかなかいい傾向ではないかと。
「ただいま。帰って来たよ」
「おかえりなさい、肉、炒めたりするから先に着替えてきてね」
どこからか美味しそうな香りが漂ってくる。夏子はリクエストに答えてくれて、頑張って料理をしてくれたみたいだ。ありがたい事だ。冬馬が着替えている間に、夏子は豚肉の生姜焼きを炒め始めた。味噌汁も下準備はしてあるので、それ程時間は掛からないはずだ。程なくして料理は完成した。
「頑張って作ってみたんだけど、どうかな?」
着替えてきた冬馬を、夏子は心配そうな顔をして見つめている。頑張って作ってみた料理だけど、気に入ってもらえるのだろうか?
「「いただきます」」
冬馬と夏子は食事を始める。果たして冬馬の口に合うものが出来たのだろうか?
「うん、なかなか美味しいよ」
(よかった…)
とりあえず夏子は、ほっとした。冬馬は口数は少ないながらも、夏子が作った料理を食べていく。冬馬はいつも美味しそうに食べてくれるのが、夏子にとっては嬉しいものだ。でも冬馬の想い出の料理と比べてどうだったのだろうか?その点は気になっていた。
「ねぇ、正直に答えてほしいんだけど……」
夏子は意を決して口を開いた。結果を聞くのは恐いとも思っていたのだが。
「冬馬くんにとっての想い出の料理と比べて、わたしの料理ってどうだった?」
「そうだなぁ、夏子の料理は、それはそれで美味しかったけど、想い出の料理と比べてみると、やっぱり味が違う感じかな」
「やっぱり、そうなんだ……」
「想い出補正があるからね。夏子の料理は凄く美味しかった。でもやっぱり祖母の料理の方が美味しいと思ったかな」
「……」
冬馬は正直な感想を述べた。下手にごまかしたくはなかったからだ。
「ひじきの煮物は、店で売っているような濃い目の味じゃなくて、う~ん、何て言うかなぁ、優しいけれどしっかりした味が付いていたというか、いくらでも食べれるような味だったなぁ。炊き込みご飯も、具は同じような感じのものだったけれど、独自の味付けだったんじゃないかな。それこそ自分の好みに合わせて祖母が調節してくれたんじゃないかと思っているんだ。多分、独自の隠し味的なものを入れているんじゃないかなと」
「成程、何度も料理を作っていくうちに、冬馬くんの好みに合う様なものを作っていったのね。敵わないなぁ」
夏子が冬馬と出会ってから、まだ日は短いのだから仕方のない事だ。頻繁に遊びに行く事はなかったとはいえ、可愛い孫の為に、一生懸命になって工夫をして、美味しいものを食べさせようという祖母の愛情には、まだ敵わないだろう。でも冬馬とは長い付き合いになるはずだ。これからの長い時間、冬馬の好みに合うものを探していこう。夏子はそう思うのだった。
「出来る限り、その想い出の味に近づけたいけれど、何かヒントとかあればいいんだけれどねぇ……」
「う~ん、レシピは祖母本人から聞かないとわからないからなぁ。でも今となってはもう無理だから……」
もうかなり前に祖母は亡くなっている。冬馬がこの事実を知ったのは、祖母が亡くなってから半年後ぐらいだ。祖母に懐いていた冬馬だから、事実を告げる事が出来なかったんだろう。冬馬がこの事実を知った時、大泣きをして、かなりの期間、落ち込んでいたのだった。せめて葬式には顔を出したかったが、今となってはどうしようもない事だ。
「ねぇ、他にも好きだったっていう料理はあるの?」
「そうだなぁ、色々あったけど、好きだったのは鶏肉を甘辛なたれで炒めたものとか、鶏レバーを使ったレバニラ炒めとか、一番好きだったのは煮込みハンバーグかな」
冬馬は幼少の頃の記憶の引き出しから、印象的だった料理の事を探してみた。どれも美味しくて何回もおかわりもして、沢山食べたなぁと思いだした。
「その煮込みハンバーグって、そんなに美味しかったの?」
「多分、ひき肉を使った手捏ねハンバーグだけど、ソースが独特でね、他の店じゃ食べた事のない味だった」
「特徴はあるの?」
「ハヤシライスみたいな感じだけど、濃い赤茶色をしていてトマトの味が強い感じかな。色々なハンバーグの店に行ったけど、似たような感じのものはどこにもなかったな。もし出来るのなら、もう一度食べてみたいんだけどね」
冬馬はハンバーグで有名な店を何店も訪れている。中には地方で有名なハンバーグ店も行っているけれど、想い出の味とは違っていた。勿論、不味いというわけではなく、普通に食べてみて凄く美味しかったのだが、やっぱり違うと感じたのだ。
「やっぱり何かヒントがないと、ちょっと難しいかな。せめてレシピがわかればねぇ」
流石にキリがないので、この話はこれで終わりにした。冬馬にとっての大切な想い出だ。下手に傷つけたりはしたくはなかった。
(でもいつか、何とかしてあげたいなぁ)
叶わぬ夢かもしれないけれど、いつか冬馬に想い出の味を食べさせる事が出来るのならと、夏子は思うのだった。
「でもね、想い出の味は幻になったかもしれないけど、夏子が一生懸命に作ってくれる料理は特別かな。これからは、これが想い出の味になるからね」
冬馬の言葉に、(ああ、やっぱりこの人を好きになってよかった)と、改めて思う夏子だった。
○○○○○○
想い出の料理のエピソード、自分の想い出の中から拾い上げました。食べたいと思っていても、もう叶わないものだから、いつまでも想い出に残るのでしょうね。
タイトルは、八神純子さんのデビュー曲である『思い出は美しすぎて』から。しっとりとした感じの曲は大好きです。
https://www.youtube.com/watch?v=X1OqH7amQjE
さて、これでphase2は終了となります。ありがとうございました。phase3は一つの山場を迎えます。何度も書き直してみて、これが最良なのではというものを示してみました。まだまだ続く冬馬と夏子の物語を、温かく見守ってもらえれば幸いです。
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