第22話 大変なんだね
夏子は大急ぎで買い物を終える。急いで戻ったら丁度、冬馬が帰宅した所だった。よかった、何とか間に合ったみたいだ。
「冬馬くん、お帰りなさい。お風呂にする?ご飯にする?それとも……」
「疲れた。ちょっと横になる」
「最後まで言わせてよぉ」
「ごめん、後で聞くから……」
冬馬は夏子の言葉を遮って、寝室に入っていった。いつもの冬馬らしさはない。どうしたのだろうか?
(むぅ~)
と頬を膨らます夏子だったが、やはり冬馬の様子が何となくおかしく思える。
(あれ?冬馬くん、なんか様子が変だったな。やっぱり何かあったのかな……)
そう思ったので、後を追いかけて寝室に入ったのだった。
「冬馬くん、何か様子がおかしいけど、どうしたの?」
「いや、ちょっと疲れただけ」
「そうなの?」
(なんか怪しいなぁ)
と思ってたら、冬馬はすぐに眠りに入ってしまった。碌に着替えもせずに寝てしまったのだから、疲れているのは本当らしい。
(今までこんなに疲れて帰ってきた事なかったのに、どうしたんだろう?)
仕方ないので、夏子は冬馬の寝ている隣に座った。しかしながら、疲れ切った顔で眠る冬馬を見ると、なんとなく悲しくなってくる。
(そんなに忙しかったのかなぁ)
夏子は、冬馬の寝顔を見ながらそんな事を考えていた。何か力になれる事はないだろうか?
「ん、あ、寝てたのか……」
少々眠りについていた冬馬が目を覚ました。何となく頭がまだぼーっとしているみたいだが。気が付いたら、もう辺りは暗くなっている。
「冬馬くん、起こしちゃったかな?疲れてるのにゴメンね……」
「いや、大丈夫だよ」
とは言ったものの、まだ疲れは残っているようで、体は重い感じがする。
「晩御飯、用意したから一緒に食べよ」
夏子が用意したのは、スーパーの肉売り場で特売になっていた味付けホルモンに、 ニラともやしを加えて炒めたもの。ちょうどニラが安かったので、沢山買ってみた。この前作った、瓶えのきとニラと卵を混ぜて炒めてみたニラたまをもう一度作ってみた。後は実家でよく使っていた、〇ばらのゆず風味の浅漬けの素を使って、きゅうりを浅漬けにしてみた。1時間ぐらい冷蔵庫に入れてみたが、短時間でも味が付くものだ。そして豆腐とわかめの味噌汁。
「美味しそうだね。夏子、ありがとう」
冬馬はお礼を言ったが、その笑顔に元気がないのを夏子は見逃さなかった。これだけ疲れたのには理由があるのだろう。食欲はあるのだから病気ではないと思うが。
やはり気になるので、夏子は思いきって聞いてみた。
「ねぇ、冬馬くん、何かあった?話せる事だったら話してみて」
「いや、別に大した事じゃないんだけど……」
冬馬はしんみりとした顔つきで話し始めた。
「職場の後輩の子が結構鋭くてね、絶対何かあったってしつこく聞いて来るんだよ。どうも自分は表情に出やすいみたいでね。『もしかして彼女でも出来たんですか?』とか言われたり、終いには、他の人たちも寄ってきて言われてね、何かもう疲れちゃったんだよなぁ」
一気に捲し立てる冬馬の話を、夏子は頷きながら聞いていた。
「別に気にする事じゃないんじゃないの?堂々としていればいいのに」
「俺もそう思うんだけど、やっぱり他の人に知られるのは恥ずかしいんだよ」
……要するに。冬馬は、夏子との同棲に近い生活が周りに知られてしまう事を気にしているらしかった。
「まあ、いいじゃないの?私は気にしないし、それに……」
「それに?」
「ん、何でもない。ほら、早くご飯食べて。冷めちゃうわよ」
「あ、うん」
折角、夏子が料理してくれた晩御飯だ。冷めないうちに頂くとしよう。
「お、美味い」
やっぱり夏子の作ってくれた料理は美味かった。手の込んだ料理というわけではないけれど、味加減が冬馬好みになっているのが嬉しい。どちらかというと、冬馬は薄味を好むので、考慮してもらえて助かっている。味付けホルモンとニラともやしを炒めたものだが、適度の味噌味のタレがいい感じだ。そして、きゅうりの浅漬けもシャキシャキとして歯ごたえがある。これもいい漬かり具合だ。合わせ味噌の味噌汁もいい塩梅だ。自分とは何回かしか食事を一緒にしていないはずなのに、もう自分の好みの味加減を把握してくれるのは、凄い事だなと思ったりしていた。
「冬馬くん、美味しい?本当に?」
夏子は、目をうるうるさせながら尋ねてみる。 冬馬は、ふっと笑って
「ああ、本当」
と返事をした。それを聞いた夏子はとても嬉しそうな顔をした。よほど嬉しかったのだろう。表情が綻んでいるのがよくわかる。
(この表情だけで幸せだなぁ)
と感じながら、箸を進めたのだった。やっぱり夏子と一緒の食事はいいものだと思ってみたり。
「それにしても、仲間内で問い詰められるくらいで、こんなに疲れ切るの?」
食事を終えた冬馬に対して、夏子は疑問をぶつけてみる。
「あ、疲れ切ったのは別件だ」
「へ?」
「まぁ下らない話なんだけどね……」
冬馬は、ため息をつきながら話し始めた。
「自分がたまたま取った電話なんだけど、相手がクレーマーでね、うちとは全く関係ない事で怒りだして、自分も『直接うちとは関係ないですので』と断ったら更に怒り出してね……」
夏子も、(あーあ)って感じで聞いている。
「ちょうど上司もWEB会議で席を離れていて、他の人は別件でつきっきり、後は後輩の安藤さんぐらいしかいなかったから、ずっと自分が愚痴を聞いてた。大体、日本の総理大臣は役に立たないとか、北からのミサイルには断固として抗議しろだの、福島の汚染水排水は許せないだの、もう話が明後日の方向にいって、最後はもうハイハイとしか返事出来なかったよ」
「すぐ電話を切ればよかったのに」
夏子は呆れた顔をしていた。
「そういう事が出来ない性格って知ってるだろ。結局、2時間ぐらい無駄な時間を過ごしたよ。流石に疲れ切ってこの有様さ」
「お疲れさまでした。大変だったね」
「まあ、こういう事だ。ゴメンな、相手してやれなくて」
冬馬は申し訳なさそうに夏子に謝った。
「いいのよ、気にしないで」
いつの間にか、穏やかな空気となっていた。冬馬はもやもやとしたものを吐き出せた感じだった。
「さ、洗い物、済ませちゃおうかな」
「頼んじゃっていいのかな?じゃあ、お願いね」
夏子は立ち上がると、食器を持って台所に向かった。
冬馬は安心したのか、また眠気が襲ってきた。食欲が満たされたからなのか、またウトウトし始めている。もう頭が回らなくなってきた。
(ちょっと横になろう)
夏子が洗い物を済ませ、リビングに戻ってくると、既に冬馬はソファーで横になっていた。もう寝息を立てている。
(まぁ、しょうがないか。よっぽど疲れたんだよね)
夏子は寝室からタオルケットを持ってきて掛けてあげた。
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