phase01 この人なら一緒にいたいと思ったようなもの

第5話 この人なら……

「ああ、よく寝たぁ」

 窓から朝の光が入ってきた。今日も気持ちのいい朝だ。土曜日の早朝、夏子は目覚めた。あれ?ちょっと記憶が曖昧だ。昨日の夜って何していたんだっけ?


「あれ?でもここどこ?」

 目の前にあるのは、夏子の知らない風景。全く見覚えがない。ええと、昨日の夜は……。


「確か昨日は飲み会で知り合った冬馬くんと盛り上がって……」


 半分、嫌々ながら出席した合コン、それでもほんの少しは期待していたのだが、そこで自分と同じように嫌々そうにしていた冬馬君を見かけて声をかけてみて、意外と話が合って楽しくて、そういえばこんな楽しくお喋りしたのっていつ以来だっけ?見かけはちょっと捻くれた様な感じだったけど、でも優しさは感じられたなぁ。それにしても……、まさか出会ったばかりで自分の黒歴史的な話までするとは思わなかった。多分、お酒の力もあったよね。冬馬と自分の影の部分を曝け出した後、勢いに任せて更にお酒を飲んで……。


(その後の記憶が全くない。まさかあの後、酔い潰れて寝ちゃったの?)


 夏子の顔が青くなった。もしかしたら、やってしまったのか?夏子自身、血の気が引いているのを感じていた。


「という事は、もしかしてここは冬馬くんの家?」

 嫌な予感もしたので、夏子は自分の着ている服を確認した。

「何もなかったみたいね。安心した」

 夏子は、ほっとして胸を撫でおろした。しかし普通ならナニがあってもおかしくない状況だ。危ない、危ない。


(あれ?冬馬くんは?)

 周りを見渡すと、キッチンの方に気配があった。冬馬が何かを用意しているみたいだった。


「あ、起きた?おはよう。気持ち悪くはない?朝食用意しているけど、食べていくよね?」


 夏子は、冬馬が自分を介抱してくれただけでなく、朝食まで用意してくれる気遣いに感謝した。そしてそのさり気ない優しさにも。


「昨日は迷惑かけてごめんなさい。折角、忠告してくれたのにこんな事になってしまって……」

 夏子は申し訳ない気持ちで一杯だった。いくら酒の席とはいえ、忠告はしっかりと聞くべきだっただろうに。

「別に気にしなくていいよ。簡単なものしか用意出来ないけど、ごめんね」

「とんでもない。迷惑かけたのに……」

 少ししたら、朝食の用意が出来たようだった。簡単なものとはいえ、折角用意してくれたのだ。ありがたく頂くとしよう。


 冬馬が用意してくれた朝食は……、スライスチーズを乗せて焼いたトーストにアイスコーヒー、半熟の目玉焼きにミニトマトだった。それがテーブルに並べられた。


「土曜の朝は、いつもこんな感じで食べているんだ」

「へぇそうなんだ。いただきます」

 夏子は遠慮なく、まずはトーストを齧った。

「あれ?カレーの味がする。何で?」

「これは〇ルディで買ったパンに塗って焼くとカレーパンの味になるクリームを使ったんだ。試しに買ってみたら意外と美味しくて、これは結構気に入っているんだ」

「アイスコーヒーも喫茶店で飲むような味がして美味しい。」

「ありがと、これも〇ルディで売っているアイスブレンドを使ったんだ。それに〇ルディで売ってるクリーミーシュガーパウダーを入れてある。クリームと砂糖が混ざっていて、しかも冷たくても溶けるから重宝してるんだよね」

「冬馬くんって、どれだけ〇ルディが好きよ?」

 夏子は笑顔を見せた。幸いにも二日酔いにはならなかったのはよかった。それから他愛もない話をしながら、二人は一緒に朝食を平らげた。


(冬馬くんの匂い、安心するのは何でだろう?それに何だか体の奥が熱い気がする)

 何故こんな気持ちになるのか、夏子にはよくわからなかった。


「夏子はこれで帰るんだろ?どうする?送っていこうか?」

「冬馬くんさえよければ、もうちょっとだけここにいてもいいかな?冬馬くんともっとお話をしてみたいの」

「今日は特に用事もないし、別に構わないけど、家の人、心配してない?」

「心配してくれてありがとう。家の方は大丈夫だと思う。後で電話するつもり。それよりシャワー借りてもいいかな?何か汗かいちゃって」

「いいけど、女物の着替えなんてもってないぞ」

「それは気にしなくていいよ。それじゃ、シャワー使わせてもらうね」

「わかった。タオルを用意しておくよ」

 冬馬は奇麗なタオルを用意して脱衣場に置いておいた。女性が自分の部屋でシャワーを使う状況なんて今までなかったから、冬馬にとっては変な気持ちだ。どうにも落ち着かない。


(どうしたんだろう?体が熱く感じる。欲望が湧き出てくるみたい……)

 夏子には、何か体に違和感のようなものを感じていた。こんな気持ちは初めてだ。一体どうしたというのだろうか?


 一方、冬馬はシャワーの音が聞こえる状況に落ち着いていられなかった。自分一人が当たり前の空間に、他人がそれも美人がいるという事がまず信じられない。基本、一人で行動するタイプの冬馬にとって、違和感を感じまくっていた。



「お待たせ……。シャワーありがとう」

 浴室から出てきた夏子は、タオルを巻いたままの姿だった。

「おい、着替えが無いからって、その恰好はまずいだろ?」

「冬馬くんにお礼をしたいんだけど、ダメかな?」

 夏子は冬馬の横に座り、潤んだ瞳で冬馬を見つめた。冬馬くんとは一線を越えても大丈夫、いや寧ろ超えてみたい。もう夏子の欲望は抑えきれなくなってきた。


「いや駄目だ。夏子がしたいと思っているような事は自分には受け入れられない。そういった行為は、結婚初夜にする事だと思っている」

 予想外の答えに夏子はポカンとしてしまった。

「冬馬くんっていつの時代の人よ?今時、こんな事言う人なんていないと思うけど」

「何を言われても仕方ない事だけど、これは自分で決めている事なんだ。バカみたいと思われるかもしれない。でもアレは結婚式が終わってからだ。それ以外は認めたくない」

「もしかして、冬馬くんって相当な石頭なの?もうちょっと融通を利かせようよ」

「いやダメだ。これに関しては譲れないね」

「どうしてもダメなの?」

「どうしてもダメ」

 まるで埒があかなかった。まさか冬馬がこんなに頑固で石頭とは、流石の夏子も予想だにしていなかった。


「折角、お礼を兼ねてもっと仲良くなろうと思っていたのに。冬馬くんのいけずぅ」

「ははは、気持ちだけありがたく頂くよ。そこまで気にしなくていいよ。っていうか、目のやり場に困るから、何か着てもらえると助かる」

「うう、わかったよぉ」

 仕方なく、夏子はさっきまで着ていた服をもう一度着る。しかしながら夏子の体には、もやもやしたものが残っている。う~ん、こんな時にはどうすればいいのだろうか?夏子は悩むのだった。

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