第4話 プロローグ その4 似たような境遇
あれから1時間ぐらいの時間が過ぎた。会話が苦手な冬馬にとって、これだけ話をしていた事は今までなかったのではないかと。それだけ夏子との会話は楽しく感じられた。
夏子とは、些細な事から趣味の話、昔見たアニメや夢中になってやったゲームの話等、色々な話をした。意外と体験したものが重なっていたりして、話が盛り上がった。流石に昔のロックの事はわからなかっただろうが、それでも嫌がらずに聞いてもらえたのは嬉しかった。伝説的ギタリストであるジミ・ヘンドリックスが、ライブではパフォーマンスで歯でギターを弾いたりした話をしたら『ありえない』って笑っていたのが印象的だった。いやそれだけでなく、ギターを振り回して叩き壊したり、ライターでギターに火を付けて燃やしたりするようなエピソードもあるんだけれど、流石にドン引きされるだろうと思ってやめておいた。昔のロッカーって、ギターとかの機材を破壊するパフォーマンスやっている人が何人もいたんだよね。今の時代にはそういう人はいないし、実際に火をつけたら即退場だろうけれど。
それはそうと、夏子は意外と自分と趣味が合うような気がする。そういう女性となんて接してきた事はなかっただけに、冬馬は嬉しく思う。誰から見ても美人に見えるだろう夏子と普通におしゃべり出来る事は、冬馬自身にとっても想定外に思えた。まぁ酒の力もあるだろうけど。冬馬は程々に酔いが回っており、その分普段よりも饒舌になっているのだろう。
一方の夏子はピッチャーを空にしてしまっていた。まさかこの大きなピッチャーを本当に空にするとは思わなかった。それでも足りないのか、夏子は今度はジョッキで酎ハイを注文していた。おいおい流石に飲み過ぎだろう。冬馬でなくても心配になってくる。このままだと絶対倒れるぞ。
「おいおい、そろそろ飲み過ぎだぞ。もうやめておきなさい」
「でぇじょうぶよ~。もっとのむのぉ~」
……、ダメだ。全然大丈夫じゃない。もうこれ以上飲ませちゃダメだろ。
「お酒はこれでお終い。何か食べれるもの探してくるよ」
冬馬が席を立とうとすると、夏子が袖口を摘まんで冬馬を引き留めた。
「そばにいて。離れないでいてほしいの」
夏子はドキッとするような台詞で話しかけた。一体どうしたのだろうか?
仕方ない、そばにいて夏子の話を聞いてあげるとするか。
「何となくなんだけど……」
座った冬馬が口を開いた。
「思い出したくない事でも思い出した?」
酔っぱらってぽーっとしていた夏子の目が丸くなったような気がした。
「どうして?何でわかるの?」
「いや、確信はないけれど、何となくね」
普段は人を観察することのない冬馬だが、この時は何故か違和感を感じ取った。本当に何となくだが。
「高校の時の話なんだけどね……」
夏子はポツリポツリと話し始めた。本当は誰にも話したくない暗い過去の話。何故、出会ったばかりの冬馬に話そうと思ったのかはわからない。
「高校の時はね、仲間内で遊びに行ったり、カラオケに行ったり、結構誘いがあったの。男の子とも付き合ったりもした事もあった。まぁ、色々と経験もしたりね。その時は楽しかったの」
冬馬はじっと聞いて頷いていた。重い話になる事は予想出来た。夏子の話を聞き逃さないように、真剣な表情になっていった。
「それで2人目の男の子と仲良くなったあたりからかな、誘いがぱったり無くなったの。今考えるとクラスのみんなからも相手にされなくなった感じで。何かおかしいと思い始めた頃には、自分は孤立していたんだ。多分、この時に付き合っていた男の子が結構人気があったから、誰かに妬まれたんだと思う。でもみんなで無視するような事ってないよね。殆どの人が相手にしなくなって、結局、それが高校を卒業するまで続いて、寂しかった。先生に相談しようと思っても、先生はまるで他人事みたいで親身になってくれなかった。だから進学も就職も何も考えられなかったんだなぁ」
それは思っていたよりもヘビーな話だった。冬馬はじっと聞いている。
自分なら一人になっても何とかなる図太さみたいなものはあるが、女の子にとっては、孤立というものは思っている以上に辛い事だろう。冬馬は夏子に同情した。
「今日のこの集まりもね、今まで連絡もくれなかった昔のクラスメイトからいきなり連絡が来たんだよ。変だなぁと思っていたけど、案の定、足りない人数を私に押し付けて自分は知らんぷりみたいな感じだった。のこのこ行く私も私だけど、でも冬馬くんと出会って相手をしてくれた。凄く嬉しかったんだよ」
黙って聞いていた冬馬が口を開いた。もしかしたら自分と夏子は似た者同士かもしれないと感じていた。
「自分と夏子とは似たような経験をしていたんだろうな。だから波長が合うのが何となくわかった気がする」
「え?どういう事?」
冬馬も自分自身の暗い過去を話さないといけない。何故かわからないけれど、そんな気がしたのだった。
「恥ずかしいんだけど、うちの両親は離婚しているんだよね。自分が小さい頃は仲が良かったんだけれど、気が付いたら言い争いの喧嘩ばかりするようになっていた。それを見ているのは辛かったんだよね」
今度は夏子が黙って冬馬の話に耳を傾けた。こう話すからには、これも重い話になるだろう、夏子はそう感じ取っていた。
「もう自分が中学の時ぐらいは、何度も何度も言い争いをしていた。子供心にも嫌だと感じてた。何が原因なのかは、子供だった自分にはわからないけれど、仲直りしてよと頼んでも、話も聞いてくれなかった。もちろん、友達に言おうにも解決策なんて出てくるはずもなくて、自分ではどうしたらいいのか悩んでいたんだ。だから高校の頃から、早く自立して自由に暮らしたいと思って、一人で生活する手段を勉強していたんだ。滑稽だろ?」
夏子はじっと冬馬を見つめて話を聞いている。苦しんでいたのは自分だけではない。冬馬も辛い思いをしてきたんだと。
「結局、両親は高2の時に離婚したよ。自分は母親に引き取られたけど、もうそこには自分の居場所なんてなかった気がしていた。とりあえず早く高校は卒業したい。卒業したらすぐに家を出て一人暮らしをしたいんだって気持ちは強くなったかな。実際、その通りにすぐに実家を出て行ったんだ。その当時は、もう人なんて信じられないって思っていた。今思えば滑稽だけどね。もう傷は癒えたと思うけれど、人付き合いが苦手なのは、まだ影響があるのかな」
「……」
「でもね、今日、夏子と話してみて、ちゃんと会話が出来たんだ。それも楽しかった。まさか今まで話す事のなかったこんな話までするとは思わなかったけど」
夏子は黙ってグラスを持ってきて、ビールを並々と注いで冬馬に手渡した。
「よし、飲もう。とことん飲もう。私も付き合うから」
「だから飲み過ぎだって……」
……………………
結局、一次会がお開きになる頃には、夏子は完全に酔い潰れてしまっていた。大方の予想がついたとはいえ、もう少しペースを落とせなかったのだろうかと。
「おいおい、結局こうなるのかよ……」
冬馬は少々飽きれて、酔い潰れた夏子を見ていた。他の参加者達は、一次会で帰る者も、嬉々として二次会に行く者も、誰も介抱の手伝いをしてくれなかった。薄情な連中め。
(タクシー呼ぶしかないかなぁ。住所聞いておけばよかった)
冬馬はタクシーを手配し、自分の住んでいるマンションへと夏子を連れて行った。
(仕方ない、ベットに寝かせておくか。頼むから吐かないでくれよ)
冬馬は夏子をベットに寝かせて、自分はソファに横になるのだった。
【IF】情熱彼女に振り回される日々。クールを気取っているつもりでもタジタジです。もしも冬馬くんが石頭だったらバージョン 榊琉那@The Last One @4574
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