第3話 プロローグ その3 これって運命なの?
「ねぇ、さっきから食べてばっかりだけど、話とかしないの?」
黙々と一人で料理を食べていた冬馬に、突然、美人の女性が話しかけてきた。
冬馬はちょっと驚いた。まさか声をかけてくれるような女性がいるとは思わなかったから。しかも結構、素敵だなと感じられる、そんな人だった。髪型はセミロングで、さらさらとした黒髪。モデルのような感じの美人というわけではないが、顔立ちは整っていて、派手さのない、どちらかというと清楚な感じもする好印象の女性だ。
「自分は人数足りないからって、無理やり駆り出されたからなぁ。正直、こういう合コンって慣れていないし、どう接したらいいかわからないんだ。だから会費分だけ食べて帰るつもりだ」
冬馬は、さも面倒くさそうに下を向きながら返事をした。まぁどうせもう帰るつもりだし。こんな自分なんて相手にはしないだろう、そう思っていた。
「折角の機会なんだからさぁ、ちょっと話してみない?私も無理やり連れてこられたけど、誘ってくれた人は今日来ていないし、知り合いもいないから、退屈していたんだぁ」
驚いた。こんなしみったれたような自分を相手にするような人がいるとは。一体どんな人なんだろう?ちょっと興味が出てきたかな。それならば、冬馬はちょっと話をしてみてもいいかなと思えてきた。流石に何かのセールスとか宗教の勧誘とかではないと思うけれど。
「それなら自分じゃなくても他の人に話しかけたら?自分は話下手だし、貴方は美人だから、もっとイケメンを誘ってもいいんじゃない?」
冬馬はちょっと牽制してみた。時々、言わなくてもいい事を言ってしまうのは悪い癖だと思いつつ、この癖は治らないものだ。
「さっきも結構カッコいい人に声かけられたけど、如何にも下心丸出しで気分悪くしちゃった。それも連続で声かけられて。でもあなたなら下心もなさそうな感じだし、悪い人には見えないようだから。ねぇ、いいでしょ?」
「でも自分と話してもつまらないと思うけど、それでいいなら……」
「やった、色々お話しましょ。そうと決まったらまず飲みましょうよ。ねぇ、乾杯しようよ♡」
清楚そうな感じだと思っていたが、思っていたよりも馴れ馴れしさを感じさせる女性は、近くのテーブルからピッチャーを持ってきて、並々と生ビールをグラスに注いだ。おいおい、これ全部飲むんじゃないよな?女性は冬馬にもグラスを用意してビールを注ぐ。
「では私たちの出会いに乾杯♡」
これが、冬馬と夏子のファーストコンタクトだった。
二人の歩みは、ここから始まったのだ。
「まずは自己紹介ね。貴方の名前を教えて」
「自分は北野冬馬。会社で総務の仕事をしている。見ての通り、イケメンでも何でもない地味な人間だ」
「自己紹介でそんな否定的な事言わないの。私は南田夏子。今のところ、無職のすねかじりね」
「自分だって否定的な事言ってるでしょ。お互い様だね」
「むぅ、あなたに合わせたの。ニートしているけど、これでも家事全般は得意なの」
そう言いながら、夏子はグラス満杯のビールを一気に流し込んだ。おいおい、やっぱりそのピッチャーのビールを飲み干すつもりなのか。大丈夫なのかと、冬馬でなくても心配になってくる。
「おいおい、一気に飲み過ぎだよ。ペース考えた方がいいぞ」
「大丈夫、大丈夫、夏子さんはちょっとやそっとじゃ酔いつぶれません♡」
「そういう事を言っている人が一番危ないんだよ。それで倒れている人を何人も見ている。ペース配分考えようよ」
冬馬は、今まで飲み会の席で酔い潰れた人の補助を何度となくやってきたので、夏子を本気で心配していた。冗談ではなく、大丈夫を連呼している人は危ないのだ。
「ありがと。普通は酔い潰してお持ち帰りするものなのに、誠実なのね」
「貴方はろくでなしとばっかり付き合ってきたのか?普通はそんな事考えないぞ」
「夏子でいいわよ。その代わりあなたの事は冬馬くんって呼ぶから」
「どう見ても自分の方が年上だろ?慣れ慣れしくないか?」
「だって、冬馬くんって堅物の弟みたいなイメージだもん。ダメ?」
「ダメって言われてもなぁ…… 」
「じゃあ決まりね♡もっと飲もうよ、冬馬くん♡」
そう言いながら夏子は冬馬のグラスにビールを注いだ。どう考えても、自分よりも夏子の方が年下だ。年下に舐められているはずなのに、冬馬には嫌な気分は感じられなかった。何でだろう?これが夏子の人柄なのかな?
そういえば、自分は会話するのが億劫で嫌なはずなのに、何故か夏子との会話は楽しく感じられた。元々、冬馬は女性との会話には慣れていないし、いざ会話となったらしどろもどろになってしまう事も多々ある。でも夏子との会話は普通に出来ている。何でだろう?酒の力もあるからなのか。いや、そんな事はどうでもいい。
夏子とはもっと話をしてみたい。こんな気分になったのはいつ以来だろうか?
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