きつねうどんと山菜おこわ

目の前にいる想像通りに老けた父を見て、これは夢だと理解する。見覚えのあるけやきの机に黒い表紙のメニュー、窓の外には冬らしく葉の落ちた木々の群れと刈り終えた稲が広がっている。今の季節は春なのにな。夢の中で私は冬に取り残されてるのだろうか。

この店はだいぶ前に潰れたはずだし、父とはもう何年も会っていない。なんで今になってこんな夢を見るのだろうか。

「おまたせいたしました〜きつねうどんのおきゃくさまー」

白髪の目立つようになったおばちゃんが私がいつも頼んでたきつねうどんを私の前に置く。夢かうつつかなんて全てどうでも良くなった。この店のうどんを食べれるならそれでいい。

「ほれ、一口食うか?」

美味そうに天ぷらを齧った後、父は天ぷらの皿を差し出す。いいネタを使ってる訳でもなければ熟練の職人があげているわけでもない天ぷらはさくりといい音を立てて私の口の中に熱を与える。訳もわからぬ夢に戸惑う私の身体を緩めてくれる。ひどく安心する味だ。

父と他愛もない話をしながら自分のうどんに箸をつける。コシがあると言うよりかは柔らかくつるつるとした麺につゆが染みてすごく美味しい。今はもうこの店はないというのに。

ここのおあげは薄めで大判だ。端っこをかじると強い鰹と甘辛い味が口を占拠する。そこにうどんをすすれば口がリセットされておあげとうどんのループが止まらなくなる。おあげの強い鰹と甘辛い味に関西風の優しいお出汁がこれはもう合うのだ。

早食いの父はもう食べ終わっているらしく外を穏やかに眺めている。穏やかな時、父はこんな顔をしていたのか。

「父ちゃん、」

まるで決まっているのかのように口が勝手にセリフをなぞる。

「飲むヨーグルトちょうだい」

父は私に似て食い意地が張ってる方なのだが、好物の天ぷらを必ず一口食べさせてくれる。ここの店はランチに行くと隣の売店で売っている飲むヨーグルトと小さな山菜おこわがついてくる。父はいつもその飲むヨーグルトをくれた。

気づくと父は記憶の中の姿で私は中学のジャージを着ている。

私はうどんを食べ終わり、いつものように山菜おこわにうどんのお出汁をかけて〆る。

「おいしかったね」

なんという話をするわけでもなく飯を食って店を出る。もう手に入ることのない時間なのだと息苦しくなる。

外は薄寒い。秋の終わりの匂いまでリアルな夢だ。

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