第五章

「火星と地球をつなぐ庭園」の誕生から5年。佑太と陽菜の夢の庭園は、両星の人々にとって欠かせない憩いの場となっていた。


火星では、都市の発展とともに移住者の数が増え続けていた。広大な砂漠に、新しい街が次々と誕生する。しかし、急速な開発の陰で、人々の心の疲れも問題になっていた。


「最近、移住者たちの間でストレスを訴える声が増えているんだ」


ある日、佑太がミシェルに相談を持ちかけた。


「緑や自然と触れ合う機会が減ってきているせいかもしれないね。"バーチャル・ガーデン"も素晴らしいけど、やっぱり本物の植物に囲まれることも大事だと思う」


「そうだな。せっかくテラフォーミングが進んだんだ。もっと自然を身近に感じられる環境を作りたい」


二人は、火星の各都市に大規模な植物園を設置することを提案した。その植物園を、"バーチャル・ガーデン"とリンクさせ、地球の自然ともつながる空間にするのだ。


提案は移住者たちの大きな支持を得た。佑太とミシェルは、植物園の設計に打ち込む。


「この植物園には、地球の四季を再現したいんだ。春の桜、夏の向日葵、秋の紅葉、冬の雪景色…」


「素敵ね。でも、火星の気候で、それが可能なの?」


「ああ、ここまでの技術なら、できるはずだ。シーズンごとに、植生を変えていくんだ」


計画が進むにつれ、佑太の心は弾むばかりだった。


「陽菜、君の力を借りたいんだ。この植物園を、本物の自然のように美しく彩ってほしい」


佑太からのメールに、陽菜は心躍らせた。


「お兄ちゃん、任せて!私にできる精一杯のことをするわ」


そう返事を書くと、陽菜はさっそく行動に移った。世界中の植物園や自然公園を訪ね歩き、美しい風景の数々をVRデータに収集する。集めたデータを、火星の植物園にふさわしくアレンジしていく。


「この水辺の風景、火星の植物園に合うと思うの。でも、もう少しだけ花を増やしたらもっと綺麗になりそう…」


没頭する陽菜を見て、ミシェルは微笑んだ。


「陽菜ちゃん、本当に素敵な景色を作ってくれてありがとう。佑太も喜ぶと思うわ」


「ミシェルさん…私、こんな風に自然を再現できるなんて夢みたい。お兄ちゃんのおかげで、私の夢もどんどん膨らんでいくの」


涙ぐむ陽菜に、ミシェルはそっと寄り添った。


「あなたの夢は、必ずもっと大きく育つわ。私たちみんなで応援してる」


ミシェルの言葉に、陽菜は力強く頷いた。


火星の四季の植物園は、佑太と陽菜の努力の結晶だった。雄大な自然のパノラマが、都市の中に広がる。移住者たちは、その美しさに心を洗われ、新たな活力を得た。


「佑太、君たちの植物園のおかげで、ここは本当に住みやすい星になったよ」


ドームの外を眺めながら、所長のデイビスが佑太に話しかけた。


「自然の力は偉大だな。緑に包まれていると、人は強くなれる気がする」


「ええ。そして、この景色を見ていると、地球の自然の尊さにも気づかされます」


佑太の言葉に、デイビスは深く頷いた。


「君の言う通りだ。火星と地球、互いの良さを認め合い、学び合っていくことが大切なんだな」


その頃、地球でも大きな動きが起きていた。陽菜の活動が評価され、国連環境計画の新たなリーダーに抜擢されたのだ。


「皆さん、私は微力ながら、この地球の自然を守り、再生していく努力を続けていきます。そして、火星をはじめとする他の星とも手を携え、宇宙規模で豊かな環境を育んでいきたい」


就任スピーチで、陽菜は熱く語った。彼女の言葉は、多くの人々の心を動かした。


「火星と地球は、もはや切っても切れない関係にあります。両星の絆を深めることが、私たちの使命だと信じています」


スピーチの最後で、陽菜はある提案をした。


「今日、ここに、『星をつなぐ環境サミット』の開催を宣言します。火星と地球の代表者が一堂に会し、互いの知恵を交換し合う。そして、二つの星の未来を、共に築いていく。それが、私の目指す姿です」


陽菜の提案は、大きな拍手に包まれた。サミット開催の準備が、急ピッチで進められる。


「お兄ちゃん、とうとうこの日が来たね。私たち、新しい歴史を作るんだ」


希望に満ちた陽菜の言葉に、佑太も心が震えた。


「ああ、君の夢が、現実になる瞬間だ。俺も精一杯、君をサポートする」


そして迎えた、サミット当日。佑太と陽菜は、"バーチャル・ガーデン"で設けられた特設ステージに立っていた。


「自然と共生しながら、豊かに生きていく。その理想を、火星と地球で共有したい」


佑太が、力強く語りかける。


「一人一人の思いやりの心が、星の未来を照らしていく。皆さん、共に歩んでいきましょう」


陽菜の呼びかけに、世界中から集まった人々が応える。歓声が、"バーチャル・ガーデン"に響き渡った。


佑太と陽菜は、感極まって抱き合った。互いを思う気持ちが、胸に溢れる。


「陽菜、君と一緒に世界を変えていけるなんて、幸せだよ」


「お兄ちゃん、私たちの夢、叶ったね。これからも、二人で…」


涙で言葉を詰まらせる陽菜を、佑太はそっと抱きしめた。


「ああ、約束だ。これからもずっと、君と…」


二人の姿を包み込むように、"バーチャル・ガーデン"に、美しい光が降り注いだ。


遠く離れた星をつなぐ絆。その力が、新たな時代を切り拓いていく。


佑太と陽菜の物語は、希望に満ちた未来への第一歩だった。


第六章


「星をつなぐ環境サミット」から5年後、佑太と陽菜の挑戦は新たなステージを迎えていた。


火星でのテラフォーミングは順調に進み、緑あふれる都市が各地に誕生していた。一方、地球でも、陽菜を中心とした環境再生の取り組みが実を結び、かつての美しい自然が徐々に戻りつつあった。


そんなある日、佑太は「火星と地球をつなぐ庭園」を散策していた。色とりどりの花々が咲き誇る中、佑太は一本の桜の木の前で足を止めた。


「懐かしいな…」


桜を見つめながら、佑太は故郷の日本での思い出に浸っていた。そこへ、ミシェルが近づいてきた。


「佑太、どうしたの?」


「ああ、ミシェル。この桜を見ていたら、子供の頃を思い出してね」


佑太は、ゆっくりと語り始めた。幼い頃、陽菜と一緒に桜の下で遊んだこと。両親と一緒にお花見を楽しんだこと。


「私も、日本の桜を見てみたいわ。佑太の思い出の場所を」


ミシェルの言葉に、佑太は驚いた。


「本当に?じゃあ、今度二人で日本に行こう。陽菜にも会えるし」


嬉しそうに提案する佑太。ミシェルも満面の笑みを浮かべた。


「ええ、楽しみにしているわ」


二人で手を取り合い、桜の下で語らう。その様子を、"バーチャル・ガーデン"を通して見つめる陽菜の瞳が、喜びに輝いた。


「お兄ちゃん、ミシェルさん、日本でお待ちしています」


そう呟くと、陽菜は世界中の仲間たちに連絡を取り始めた。佑太とミシェルを歓迎する準備を始めるのだ。


そして迎えた、佑太とミシェルの地球訪問の日。東京の空港に降り立った二人を、陽菜と仲間たちが笑顔で出迎えた。


「お兄ちゃん、ミシェルさん、ようこそ地球へ!」


感極まる陽菜。佑太は妹の手を握り、涙を浮かべた。


「ただいま、陽菜。みんな、久しぶりだな」


歓迎の輪の中で、佑太はこの地球の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「お兄ちゃん、今日は特別な所に案内したいの。みんなで、日本中を飛び回るんだよ」


わくわくしながら、陽菜が企画を説明する。佑太とミシェルを乗せた飛行機が、大空へと舞い上がった。


「見て、佑太!富士山よ!」


ミシェルが窓の外を指差す。そこには、威風堂々とそびえる富士の姿があった。


「ああ、この景色を、火星でも再現したいな」


感嘆する佑太。陽菜はうなずいた。


「それ、いいアイデアだね。私たちなら、きっとできるよ」


飛行機は次々と、日本の美しい景色を巡っていく。北海道の雄大な自然、京都の歴史ある街並み、沖縄の美しい海。


「こんなにも多様な自然が、地球にはあるんだな」


ミシェルが感動する。佑太と陽菜は、誇らしげに微笑んだ。


「火星にも、この多様性を。そして、この美しさを」


佑太の言葉に、二人は力強く頷いた。


そして、かつて佑太と陽菜が暮らした街に到着する。


「ここが、俺たちの育った場所だ」


佑太が、思い出を語る。公園の片隅には、陽菜が植えた桜の木が大きく育っていた。


「お兄ちゃん、覚えてる?この木を植えた日のこと」


「ああ、よく覚えてるよ。あの時の約束、ちゃんと果たせたな」


見上げる桜に、佑太の瞳が潤む。


そこへ、公園に集まった地域の人々が近づいてきた。


「陽菜ちゃん、佑太君、帰ってきてくれてありがとう」


「みんな、私たちを覚えていてくれたんだ…」


再会を喜び合う中、一人の老婦人が佑太に話しかけた。


「佑太君、あなたがいつも宇宙から私たちを見守ってくれていたこと、知っていましたよ」


「え…?」


驚く佑太に、老婦人は微笑んだ。


「あなたの活躍、陽菜ちゃんから聞いていました。火星であなたが植物を育てているのを想像すると、私も庭の手入れを頑張れたのです」


佑太は言葉を失った。自分の思いが、こんなにも多くの人々に届いていたなんて。


「俺も、みなさんに支えられていました。この街が、地球が、あるから頑張れたんです」


涙ながらに語る佑太を、陽菜はそっと抱きしめた。


「お兄ちゃんと私の絆が、こんなにたくさんの絆につながっていたなんて…」


「そうだね。一人一人の思いが、世界を動かしているんだ」


佑太とミシェルの地球滞在は、あっという間に過ぎていった。別れの日、空港に集まった人々が、二人の門出を祝福した。


「また会える日を楽しみにしています」


「みなさんと過ごした日々は、一生の宝物です」


佑太とミシェルは、一人一人と抱擁を交わした。


そして、陽菜との最後の対面。


「お兄ちゃん、またね。ミシェルさんも、幸せになってね」


「陽菜、ありがとう。君と離れるのは寂しいけど、私たちの絆は永遠だから」


固く抱き合う兄妹。ミシェルも、陽菜をそっと抱きしめた。


「陽菜ちゃん、あなたは私にとって、かけがえのない妹よ」


三人は、笑顔で手を振り合った。


飛行機が大空へと旅立つ。機内で、佑太とミシェルは感慨に浸っていた。


「ミシェル、俺の家族に会えて嬉しかったよ」


「私も、佑太の大切な人たちに出会えて幸せよ。そして、もう私も、この大きな家族の一員なのね」


寄り添う二人。佑太は、改めて家族の絆の強さを実感していた。


「陽菜、必ず、また会いに行くよ」


心の中で約束する。


「そして、いつか…」


佑太の脳裏に、あるビジョンが浮かんだ。


「地球と火星、そしてもっと遠くの星々をつなぐ、壮大な『星の庭園』を作ろう」


「素敵ね、佑太。私も協力するわ」


ミシェルの目が、希望に輝く。


「人類の、いや、全ての生命の絆を育む場所を。それが、俺たちの新しい夢だ」


二人の思いは、宇宙の彼方へと広がっていった。


窓の外では、青い地球が輝いている。 その隣で、火星が赤く微笑む。


遥か遠くの星々も、まるで二人を祝福するように瞬いているようだった。


佑太と陽菜の物語は、新たな伝説の始まりを告げていた。

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僕たちにEarthはない 島原大知 @SHIMAHARA_DAICHI

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