第四章
月日は流れ、佑太と陽菜がそれぞれの星で活動を始めてから10年が経過した。
この10年の間、佑太は火星でのテラフォーミングプロジェクトを牽引し、着実に成果を上げていた。
そんな中、地球から予期せぬ知らせが届いた。環境再生プロジェクトでかつて佑太と共に研究に励んだミシェル・デュポンが、火星への移住を決意したのだ。
「佑太、私も火星でのテラフォーミングに携わりたいの。地球での経験を生かして、あなたの研究を手伝わせて」
ミシェルからのメッセージを読んだ佑太は、驚きと共に大きな喜びを感じた。
かつてのパートナーと再び力を合わせられること、そして何より、彼女の専門知識が火星でのプロジェクトに大きく役立つはずだ。
ミシェルの到着後、火星でのテラフォーミングは加速度的に進んでいった。
ミシェルの提案で導入された新たな植物種が、火星の環境に順応し、緑化を促進したのだ。
かつての赤い荒野に、今では緑の草原が広がりつつあった。
「ミシェル、君のおかげで、火星の環境は想像以上のスピードで改善されているよ」
「いいえ、佑太こそ、これまでの研究の積み重ねがあったからこそよ。私たちの夢が、現実になろうとしているのね」
二人で火星の大地を見渡しながら、感慨に浸る。10年前には想像もできなかった光景が、目の前に広がっていた。
火星ではテラフォーミングが着実に進み、かつての赤い荒野には緑が広がり始めていた。
一方の地球でも、陽菜率いる環境再生チームの尽力により、失われた自然が徐々に回復しつつあった。
「お兄ちゃん、ニュース見たよ、火星の都市計画が国連で承認されたんだってね!」
ある日、陽菜から興奮気味のメールが届いた。佑太の研究成果が認められ、いよいよ火星での本格的な都市建設が始まるというのだ。
「ああ、見たよ。こっちでも大きな話題になっている。まさか自分の研究が、こんなに早く実を結ぶとはな」
佑太は感慨深げに返信を打つ。今や火星は第二の故郷であり、そこで新たなコミュニティを築けることが何よりの喜びだった。
都市建設が始まると、佑太の仕事はさらに忙しくなった。植物工場の管理、住環境の整備、新たな移住者の訓練…。やるべきことは山積みだったが、彼は生き生きと働いていた。
「佑太、君の園芸療法の提案、移住者たちに大好評だ。緑に触れることで、精神的な安定が得られると皆喜んでいるよ」
ドームの中に設けられた広大な庭園で、ミシェルが佑太に話しかける。
佑太の提案で始まった園芸療法は、過酷な環境で働く移住者たちのストレス解消に役立っていた。
「そうか、良かった。移住者たちの心のケアも、俺たちの大事な仕事だからな」
佑太は満足そうに微笑むと、手入れの行き届いた花壇を見渡した。一面に咲き誇る花々は、まるで地球の大地を思わせる。
「ミシェル、君も草花の世話を手伝ってくれてありがとう。おかげで、ここは皆のオアシスになったよ」
「いいえ、私も佑太に教わったおかげよ。それに、この景色を見ていると、地球にいた頃を思い出すの」
二人で見つめる花々の向こうに、広大な火星の砂漠が広がっている。長年の努力が実を結び、緑の空間が少しずつ砂漠を埋めていく。佑太はその光景に、言葉にできない感動を覚えるのだった。
一方、地球では陽菜が新たなプロジェクトに挑戦していた。
「皆さん、これが私たちの目指す"バーチャル・ガーデン"システムです。AI技術を駆使し、火星と地球をリアルタイムでつなぐ庭園を創造します」
環境サミットでプレゼンテーションを行う陽菜。彼女の提案は、火星と地球の距離を超えて、人々の心をつなぐ画期的なものだった。
「このシステムにより、火星の移住者も、まるで地球にいるかのように自然を感じられます。また、地球の人々も、火星の環境に触れる機会を得られるのです」
熱弁をふるう陽菜に、世界中から賞賛の声が上がる。プロジェクトは大成功を収め、火星と地球の交流は新たなステージへと進んだ。
会場の片隅で、陽菜のプレゼンを見守っていた恩師の田中教授が近づいてくる。
「陽菜さん、素晴らしいプレゼンでした。君の努力が実を結んだのを見て、私も嬉しい限りです」
「先生、ありがとうございます。でも、これはまだ始まりに過ぎません。私には、もっと大きな夢があるんです」
陽菜の瞳には、かつてない輝きが宿っていた。
「先生、覚えていてくださいますか?学生時代、私が『火星と地球を緑でつなぐ』と言っていたこと」
「ええ、もちろん。あの時は、少し非現実的だと感じましたが…」
「今なら、できるかもしれません。"バーチャル・ガーデン"を応用すれば、火星と地球の垣根を越えた壮大な庭園を作れるはずなんです」
「なるほど。陽菜さんなら、きっとその夢を実現してくれると信じています。私にできることがあれば、何でも言ってください」
教授の言葉に、陽菜は感謝の気持ちでいっぱいになった。自分の夢を理解し、支えてくれる人々がいる。その思いが、陽菜の原動力になっていた。
陽菜が提案した"バーチャル・ガーデン"は、最先端のVR技術と、高速通信ネットワークを駆使したシステムだった。
火星と地球に設置された特殊なカメラとセンサーが、リアルタイムで庭園の映像と環境データを収集する。そのデータは、人工知能により解析・処理され、もう一方の惑星に送信される。
受信側では、4Dプロジェクターと最新鋭の投影技術を応用しで、まるでその場にいるかのような臨場感を味わえる。風の音、花の香り、植物に触れた感触まで、五感を通して体験できるのだ。
このシステムにより、火星の厳しい環境で暮らす移住者たちは、地球の自然を身近に感じられるようになった。一方、地球の人々も、火星での植物栽培の様子を間近に見ることができる。
"バーチャル・ガーデン"は、単なる情報共有の手段にとどまらない。体験を通して、互いの苦労や喜びを分かち合うことで、両星の人々の心をつなぐ架け橋となったのだ。
「今日は、火星の子供たちが"バーチャル・ガーデン"で遊んでいるわ。地球の草原を駆け回って、すごく楽しそう」
陽菜は、モニターに映る光景を見ながら微笑んだ。子供たちの笑顔は、"バーチャル・ガーデン"の意義を何よりも雄弁に物語っていた。
「陽菜の作った庭園が、火星の人々の心の支えになっている。彼女は、地球にいながら、遠く離れた星にまで希望を届けているんだ」
そう感じた佑太は、改めて妹を誇らしく思うのだった。
佑太も、"バーチャル・ガーデン"を通して、陽菜の活躍ぶりを見守っていた。そこには、まるで目の前にいるかのような妹の姿があった。
「陽菜…すごいな。まるで君が隣にいるみたいだ」
感動に震える佑太。画面越しに広がる庭園は、まるで二人の思い出の公園のようだった。
「お兄ちゃん、覚えてる?子供の頃、私たちが公園で花壇を作ったこと」
「ああ、もちろん覚えてるよ。あの時、いつかもっと大きな庭を作ろうって約束したんだ」
「うん。あの約束、"バーチャル・ガーデン"で叶えられるかもしれない」
佑太は、妹の言葉に痺れを感じた。
「陽菜、"バーチャル・ガーデン"を使って、火星と地球を緑でつなげないか?俺たちが子供の頃に描いた、あの夢の庭園を作るんだ」
「お兄ちゃん、私も同じこと考えてた。二人の夢、必ず実現しよう!」
画面の向こうで、陽菜が嬉し涙を浮かべている。佑太も、久しぶりに心が熱くなるのを感じた。
「よし、具体的な計画を立てよう。火星と地球、それぞれの庭園をデザインして、"バーチャル・ガーデン"でつなぐんだ」
「うん、私も協力するね。それと、せっかくだから、この庭園を皆に開放しない?火星と地球の人々が、緑を通して交流できる場所にしたいな」
「いいね、その案。じゃあ、準備を始めようか。移住者たちにも声をかけてみるよ」
夢の実現に向けて、兄妹は心躍らせた。
そして数ヶ月後、ついに「火星と地球をつなぐ庭園」が完成した。
佑太と陽菜は、"バーチャル・ガーデン"を通して、新しく生まれた庭園に佇んでいた。
「お兄ちゃん、この景色、本当に綺麗…」
「ああ、皆の力を合わせた甲斐があったな」
目の前に広がるのは、火星と地球の植物が織りなす絶景だった。赤い砂漠に緑が映え、そこかしこに花が咲き乱れている。
「ねえお兄ちゃん、あの白い花、何だか私たちに似てない?」
陽菜が指差した先には、可憐に咲く白い花があった。よく見ると、花弁が二つに分かれ、まるで手を取り合うかのようだ。
「言われてみれば…あの花、俺たちみたいだな」
花を見つめる佑太の目尻に、静かに涙が滲む。
「今日という日が来るまでが、本当に長かった。でも、これで私たちの夢、ようやく叶ったね」
「ああ。子供の頃の約束を果たせて、心から嬉しいよ」
佑太は妹の手を握りしめた。触れ合う感触は感じられないが、二人の心は確かにつながっている。
「お兄ちゃん、これからもずっと、この庭園を大切にしていこうね。そして、いつか…」
「ああ、わかってる。いつか必ず、君と一緒にこの庭園で再会しよう。約束だ」
遠く離れた星で、固く手を取り合う兄妹。
かつて小さな花壇に託した想いは、今や二つの星をつなぐ大きな絆へと成長していた。
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