第三章

それから数年が経過した。


陽菜は、環境再生プロジェクトのリーダーとして、様々な取り組みを進めていた。
その名も「"Restore Earth Project”」

プロジェクトの目標は、失われた森林の再生、大気や水質の改善、絶滅危惧種の保護など多岐にわたる。


陽菜は、まず世界各地の環境NGOとの連携を強化した。そして、衛星データや人工知能を活用して、地球規模の環境モニタリングシステムを構築した。このシステムにより、環境破壊の状況をリアルタイムで把握し、効果的な対策を立てることが可能になった。


次にミシェルの指導の元でドローンを使った大規模な植林活動を展開した。また、都市部では、ビルの屋上や壁面を緑化する「バーティカル・ガーデン」プロジェクトを推進した。これにより、ヒートアイランド現象の緩和や、大気浄化効果が期待された。


さらに、海洋環境の改善にも力を入れた。海底に設置した特殊な装置で、海水中の二酸化炭素を吸収し、海の酸性化を防ぐ試みだ。また、マイクロプラスチックを分解するバクテリアを開発し、海洋汚染の解決にも挑んだ。


こうした革新的な技術と、世界中の人々の協力により、地球環境は少しずつ改善されていった。


「私たちは、地球上のすべての生命のために戦っています。"Restore Earth Project”では一人一人の行動が、世界を変えていくんです」

陽菜は、プロジェクトメンバーにそう語りかけた。彼女の言葉は、多くの人々の心に希望の火を灯していた。


一方、火星では佑太率いる研究チームが、現地での食料生産の可能性を大きく広げていた。


「佑太、君の開発した新種の作物は、火星での自給自足に大きく貢献しそうだ。本当に素晴らしい成果だよ」


ある日、研究所で所長のジョン・デイビスが佑太を称賛した。佑太の研究は、火星移住計画の大きな障壁となっていた食料問題の解決に向けて、大きな一歩を踏み出したのだ。


「ありがとうございます、デイビス所長。でも、これはチーム全員の力があってこその成果です」


佑太は謙虚に答えると、実験データを熱心に分析する研究員たちを眺めた。ここ数年、彼らと共に火星の厳しい環境に立ち向かってきた。その絆は、家族にも似た深いものがあった。


実験室の外に広がる、赤茶けた砂漠を見つめる佑太。あの荒涼たる光景も、今では故郷のように感じられる。


「いつかこの地に緑を広げる…そう誓ったあの日から、どれだけ時が流れただろう」


佑太の脳裏に、妹との別れのシーンが鮮明に蘇る。あれから一度も直接会うことはできずにいるが、互いの活躍を伝え合うメールは欠かさずにいた。


ふと、陽菜から届いた最新のメールを思い出す。


「お兄ちゃん、日本の環境再生は順調に進んでいるよ。この前、桜の木を植樹してきたんだ。お父さんとお母さんが眠る場所にね。いつかお兄ちゃんと一緒に、その桜を見ることができたら…そう思うと、胸がいっぱいになるんだ」


メールには、復活しつつある日本の自然の美しい写真が添付されていた。それを見た佑太は、改めて自分の使命の重要性を噛みしめるのだった。


「陽菜、君の理想の実現まであと一歩だ。俺も負けていられないな」


そう呟くと、佑太は再び研究に没頭した。


一方、地球では陽菜が国連環境計画の会議に出席していた。


「皆さん、火星移住計画が本格化しつつある今こそ、地球環境再生の取り組みが重要になってきます。"Restore Earth Project"への、より一層のご支援をお願いします」


堂々としたスピーチで、世界中から集まった環境専門家たちを魅了する陽菜。彼女の提案に、会場からは大きな拍手が送られた。


会議後、陽菜は一人、会場近くの公園を散策していた。豊かな緑が生い茂るこの公園も、かつてはごみ処理場だった場所だ。


「あの頃、お兄ちゃんとよくここで遊んだっけ…」


ベンチに腰掛け、見上げた先には、青々とした木々の間から夕焼けが覗いている。心地よい風に、陽菜の髪がなびいた。


「お兄ちゃん、火星のどこで何をしているんだろう。空を見上げれば、同じ夕日が見えているのかな」


そう呟いた時、スマートフォンに通知音が響いた。届いたメールは、佑太からだった。


「陽菜、国連でのスピーチ、お疲れ様。君の活躍ぶりは、ここ火星でも話題になっているよ。新種の作物の栽培にも成功してね。もう少しで火星の緑化計画も始められそうだ。そしたら、君を招待して、ここで収穫祭をしようか」


メールを読んだ陽菜の目に、涙が浮かぶ。


「お兄ちゃん、ありがとう。必ず行くからね。一緒に火星と地球の未来を育もう」


夕焼けに向かって手を合わせた陽菜。遠く離れた兄との絆を、改めて感じずにはいられなかった。

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