2
翌日、登校したミカはクラス内でいつもつるんでいるグループの元へ真っ直ぐ向かった。
「ねえ、ユリ知らない? 今朝メッセージ送ろうとしたのに今までやりとりしてたチャット欄が見つからなかったの。友達一覧にもいないし、誰かユリの連絡先知ってる?」
まさか、イレイサーでユリを消したことがバレてブロックされた? そんなバカな。あの写真はシェアしていないはずだ。或いは、ミカに憧れてユリも機種変更をしたのだろうか。その際メッセージアプリの引き継ぎがうまくいかなかった、きっとそうに違いない。
ところが、返ってきたのは驚くべき台詞だった。
「何言ってるの? ユリって誰?」
「――え?」
「そんな子うちのクラスにいないじゃん。怖いこと言わないでよ」
ミカは咄嗟にユリの席を見た。そこにあったはずの座席は片付けられたのか、ぽかりと空白があるだけだ。いじめというには大掛かりだし、彼女らは心の底から不思議そうにしている。
ユリは元からいなかった? そんなはずはない。昨日ユリと交わした会話をありありと思い出せる。ユリの存在が消失した原因に心当たりもある。イレイサーだ。ミカの体は震えた。
(――これは、使える)
私の指先一つで、気に入らないものを簡単に消してしまえる。神になった気分だ。
それからミカはイレイサーを使い、あらゆるものを消していった。
成績が振るわなかったテスト。赤点の答案用紙を撮影してイレイサーで消去する。テスト自体がなかったことになった。
ミカが応援している男性アイドルとの熱愛が報道されたモデル。熱愛のネット記事をスクリーンショットで切り取り、載っていたモデルの写真をイレイサーで消した。相手が消えたため、熱愛報道自体がなくなった。
電車の中で、居眠りしてミカに凭れかかってきた見知らぬオジさん。あまりにも不快だったため、こっそり撮影してイレイサーでオジさんを消した。すぐに存在が消えた。ミカは二人分の座席を占有して、寛いで最寄り駅まで帰ることができた。
ある日、母親と些細なことで言い争いになった。むしゃくしゃしたミカは、母親が写っている写真をカメラロールの中から見つけ出した。イレイサーを使って母親の姿を写真の中から消してやった。
そこで我に返った。
「お母さんがいなかったことになったら……私はどうなるの?」
ミカを産んだ母親が元から存在しないとなれば、ミカの存在自体もなかったことになるのではないか。恐ろしい想像が脳裏に浮かび、全身から血の気が引いていく。膝が震える。居ても立っても居られず、ミカは無事な母の姿を求めて自室から飛び出した。
「えっ……」
絶句。そこは自宅の廊下ではなく、野晒しの空き地だった。咄嗟に振り返る。父と母、家族三人で住んでいた家がない。母の存在が消失し、母と結婚しなかった父はここに家を建てていないのだ。ミカは悲鳴を上げて走った。
「ねえっ、誰か……誰かいないの!?」
誰でもいい。知り合いじゃなくとも、ミカの存在を認めてほしかった。ミカはここにいると証明してほしかった。しかしすれ違う人々は泣き喚きながら走るミカのことなど気にも留めずに通り去る。まるで、ミカの姿も声も、彼らの五感に届いていないかのように。
ミカはその場に座り込んで泣きじゃくった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……もうこんなことしないから、神様許してよぉ……」
ふと、ミカの脳裏を妙案が過ぎる。イレイサーで消した人物が存在ごと消えたのであれば、編集前の状態に戻せば消えた人々も元に戻るのではないか。
早速スマートフォンを操作し、編集の取り消しを行おうとするも――イレイサーを使った写真はどれも編集ボタンが表示されず、再度の編集ができなくなっていた。
ミカの全身から力が抜けていく。終わりだ。何もかも。これは私への罰なんだ。私はこの先誰にも気づいてもらえず、独りぼっちで惨めに死んでいくんだ。そんなのは嫌だ――
「……そうだ。私も消えちゃえばいいんだ」
絶望の中、一筋の光明を見出した。どうせ誰にも見てもらえないのであれば、いっそのこと私が私を消せばいいんだ。だって私は元からこの世に存在しないことになっているのだから。自分で自分を消したって、世界は何も変わらないはず。
ミカはカメラロールから自撮り写真を見つけると、イレイサーでミカ自身を消去した。これで孤独から解放される、と歓喜の涙を流しながら。
後には、誰のものともわからない最新機種のスマートフォンだけが残された。
イレイサー 佐倉みづき @skr_mzk
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