イレイサー

佐倉みづき

「あれ? ミカ、スマホ買い換えたの?」

 ミカの手元にしっかりと握られた真新しい端末を目にしたユリが訊ねてきた。やっと気づいた。ミカは自慢げに新品のスマートフォンを振って見せる。

「そ。テストの成績良かったから買ってもらっちゃった」

「いいな〜、それ発売されたばっかりの最新機種じゃん! あたしも欲しい〜」

 あっという間に羨望の的だ。先輩から去年の答案用紙を入手していてよかった。あの先生、出題範囲も問題も毎年使い回してるんだよね。ミカは内心ほくそ笑む。

「あ、ねえ。その機種ならアレ使えるんじゃない?」

「アレ?」

「CMでよくやってるじゃん、イレイサーって機能。最新機種だと標準搭載されてるから、アプリとかダウンロードしなくても使えたはずだよ」

「あー……そういえばそんなのあったかも」

 記憶を手繰ると、機種変更の手続きをしていた際に担当のスタッフが確かにそんな話をしていた。新しい機種に早く触りたかったミカは話の殆どを聞き流していたが。

 イレイサーとは英語で消しゴムを指す通り、写真に写り込んだ物を指定して消すことができる編集機能のことだ。風景の一部を切り取って消すとそこだけ不自然な空白が生まれてしまうが、イレイサーを使えば消去された部分をAIが補完してくれるため、自然な写真に仕上がると謳って喧伝している。

「面白そうじゃん! ね、せっかくだから使ってみてよ」

 ユリが囃し立てる。向けられる期待の眼差しと湧き起こる自身の好奇心に抗えず、ミカは初めてイレイサーを使うことにした。

 写真アプリを起動し、ユリと二人で撮った自撮り写真を適当に選んで表示させる。街中で撮影したため、通行人が写り込んでしまっている。編集ボタンを押し、ミカは通行人をタップした。

「すごっ! ホントに消えた!」

 ユリが感嘆の声を上げる。ユリが言う通り、タップした通行人の姿が消えていた。

「見て。拡大しても全然違和感ないよ。AIの技術ヤバすぎでしょ」

 ミカは編集後の画像を指で拡大してユリに見せてやる。通行人が消えた風景に継ぎ目は見当たらず、通行人など元からその場にいなかったと錯覚を起こしそうになる。最新の技術に盛り上がった二人は授業が始まるまで、頭を突き合わせて画像編集に没頭した。

 帰宅後も、ミカはフォルダ内の写真をイレイサーで編集する作業に夢中だった。

 国内有数のテーマパークのシンボルの城をバックにユリと二人で撮った写真。毎日盛況しているこのテーマパークは来園客が多く、どうしても他人が写真に写り込んでしまう。イレイサーを使って他の客を消してしまえば、まるで二人のためだけに貸し切られたみたいだ。

「これ、タグつけてアップしちゃお」

 今時の女子高校生らしく承認欲求が強いミカは、早速『ディスティニーランド』『二人きり』『貸切状態』とハッシュタグをつけてパーク内で撮った写真を纏めてSNSにアップしようとする。その手がふと止まった。

 よく見ると、どの写真もミカよりもユリの方が盛れて写っているではないか。ミカは憤慨した。ユリは仲の良い友人だがその実、ミカはユリのことを見下していた。ユリはメイクで誤魔化しているだけで顔のレベルはミカの方が上だし、お金だってミカの方が持っている。異性にモテるのもミカの方だ。いつも一緒にいるのは引き立て役として必要なだけ。だからこそ、ユリの方が盛れている事実に腹が立った。

「いいや……これも消しちゃえ」

 満面の笑みのユリをタップする。ユリが写真の中から消えた。溜飲が下がった気分のミカは、写真をSNSにアップすることなく就寝した。

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