4. 「死者と生者」

 列車はいま住宅街を横切っている。背丈を揃えて長く続く家並みは、無機質で味気ないようにも、個性豊かで色とりどりなようにも、どちらとも捉えられるように思えた。 僕は外に見える住宅街と桜の木々、この見知った街の景色が通り過ぎていくのを、ただぼんやりと眺めていた。


 やがて、列車は名鉄金山駅へと到着した。ちらりと腕時計を見つめる。それはやはり定刻を指していた。ホームへ降りると、まだ昼間だというのに、どこかで路上ライブをやっているらしく、遠くからギターを打ち鳴らす音が聞こえてきた。


 改札を目指して進んでいく途中で、ホームのベンチにぽつんと一人、スーツ姿の、サラリーマンと思しき男性が力なく項垂れて座っているのが見えた。彼はじっと動かずにしていたが、しきりに何かぶつぶつと独り言を言っているようだった。その内容は部分的にしか聞き取れなかったが、そこから全体を把握するのは容易だった。

――彼は死人なのだ。


 少なくとも、僕の目には彼がそう映った。今の社会にはこうした死人が大勢溢れているのを、僕は知っていた。そこには確かな絶望があったし、確かな悲愴があった。それは社会が纏う空気と同じ顔をしていた。社会が生み出したこの死体は、精巧な機械人形として、壊れるまで動き続けるのだろう。僕は何も彼らのことを嘲笑したりしている訳ではなく、むしろその逆で、彼らのことを憐れんでいた。自分のような存在に憐れまれるというのも、向こうからすれば甚だ迷惑だという話かもしれないが、それでも僕は隣人を愛そうと努めていたし、少なくとも表面的に見れば、それは事実だと言うことが出来ると思う。


 それから僕は少しの間彼のことを見つめていた。ふと、疑問を抱く。果たして今の僕は、というよりも、これまでの僕は、生きていたと、言えるのだろうか? 

 今の僕はそれに自信をもって答えることが出来なかった。どちらとも言えないなと、僕は考えた。けれども、自分が限りなく瀕死に近い状態にあるということは、ほとんど間違いないだろうと思った。

 しかし、自分自身を自らの手で破壊することはまだ可能なのだ。それは社会に対するささやかな反抗なのかもしれない。それはどこか、素敵な響きを持っていた。


 そんなことを考えながら改札をくぐると、空間が広がり、その中ではまるで血液を流れる血球のように、多くの人間たちが流動的に動き回っていた。ハブ駅というのは、いつもこう活気づいているものなのだろうか? 

 こうした人ごみに慣れていない僕は、人々がスマートフォンを片手に、器用に互いを交わしながら慣れた足取りで行き交うのを感心しながらしばらく見つめていた。


 駅を出、外へ出ると、先ほどから聞こえていた路上ライブの音源が見えた。そこには三人組の若いバンドマンたちが、数人の女子校生に囲まれて存在した。

――彼らは生者だった。

 僕は少し憂鬱になった。精神が激しく乱高下して、絶望と希望の間で宙づりになった僕には、そのどちらにも歩み寄ることが出来なかった。それらはどちらも快楽であったし、苦痛でもあった。僕は自分が出来損ないの人間であることを、改めて実感した。

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