3. 「デミアン」

 自殺をする人間というのは、後を絶たない。むしろ、その数というのはどんどん増えているかもしれない。彼らは、そして僕は、何故自殺するのだろうか?

 一つ大きな理由として考えられるのは、人生が辛く、生きていくには余りにも背負い込む苦しみの総量が大きくなってしまったような場合だ。例えば、目も当てられないようなイジメを受けた人間が自殺するという場合には、これが当てはまるだろう。 しかし、僕の場合に関して言えばこの理由は当てはまりそうになかった。僕の場合、怠惰を許される恵まれた環境に加えて、周りの人間にも恵まれていたという自覚がある。


 ならば、そんな恵まれた環境にいながら何も生み出せない自分自身を許せないためか? 

――しかしこれも違う。確かにあの死骸たちは、僕を憎悪の目で見つめていた。確かに僕は、自分自身の不甲斐なさが許せなかった。

 だがそれは、怠惰な僕を自殺へと向かわせるほどの莫大なエネルギーは持ち合わせていなかった。きっと僕は、本当のところでは、何かを生み出したいだなんて、思ってもいないのだろう。


 ヘッセのデミアンに出てくる、少年期のシンクレールのような、悲観的な自己分析癖が僕には染みついていた。生まれ持ったものを打ち捨てることは誰にだって容易ではない。僕の前にデミアンは現れなかったし、何より僕自身がそれを望んでいなかった。僕はきっと、内省による自己改革などは望んでおらず、ただあるがままの現状、それによって生まれる際限のない苦痛から解放されたいだけなのだ。


 つまり、自殺したいというのも、正確には正しくないのだろう。


 僕はただ、生きていたくないのだ。

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