第6話 遅かった。待ってたよ?


 転校2日目の朝7時半、俺は昨日の朝とは違い少し警戒しながらゆっくりとゆっくりと家の扉を開けた。


「流石にか」


 が、特に誰もいなかった。


 てっきり昨日の感じだと天王寺さんが家の前に立っていてもおかしくなさそうだったが、そんなことはない。

 普通に考えれば当たり前なことだ。朝にわざわざ俺の家に訪れるなんてことがあり得るわけがない。


 しかし、何故か俺の心の中には「来るかもしれない」という思いが昨日の夜からずっと渦巻いていた。まぁ、蓋を開けてみればただの自意識過剰だったわけなのだが。


「...行くか」


 そして、自分の自惚れに少し恥ずかしい気持ちになった俺はそれを誤魔化すかのように早足で歩き出した。


「あっ、鍵かけてない」


 が、早足のまま引き返すのだった。

 はぁ、朝から俺は何をやっているのだろうか?


 *


「ここもよしっと」


 電車を乗り継ぎ学校前の駅へと着いた俺は辺りを見渡し、同じ高校の生徒はいてもそこに天王寺の姿がないことを確認するとまた息をつく。

 家の前にいなかった時点で、待ち伏せされるならここしかないのでここにいないということはそういうことだ。


 終わってみればただの俺の自意識過剰だったが...それでいい。これ以上、不満を買ってはあの学校で生きていけなくなってしまう。

 それだけは避けなければならないのだ。


 にしても、じゃあ昨日の天王寺さんの異様なほどの俺に対する執着はなんだったのだろうか? 少し足を止め考えてみたが答えなど出る訳もなく、時間を無駄にしただけで終わるのだった。


 *


「んっ?」


 校門を通り下駄箱へと向かって歩いていると、俺は自分のクラスの下駄箱付近にやけに人が集まっていることに気がついた。

 日本だと下駄箱が最近ブームだったりするのだろうか? インスタ映えしたりするのか?

 いや、それは流石にないか。


 だとしたら、なんでこんなに人が集まっているのだろうか? 


「なぁ、いいだろ? ちょっとぐらい付き合ってくれてもさぁ」

「無理」

「本当、一生に一度のお願いなんだ」

「しつこい」


 そんなことを考えてながら歩いていくと、なにやら2人の男女が言い争いをしているのが視界に入って来た。まぁ、言い争いというよりかは男子生徒の方が一方的に擦り寄っていて、女子生徒は嫌がっているだけのように見えるが。

 まぁ、しかし人がこんなにも集まっている理由は分かった。要するにこの2人の言い争いの野次馬ってやつだ、多分。

 女子生徒の方は不憫である。


 にしても、これほどまでにしつこく誘われるって一体どんな感じの人なん——。


「あっ、緑川くん。やっと来た。おはよう」

「...」


  その瞬間、ありとあらゆる場所から視線が飛んできた。


「遅かった。大分、待ってたよ? って、何も言わずになんで手を掴んでるの? 全然いいけど、嬉しいけど一体なにを——っ!?」


 少し怒ったようになんてことを言う天王寺さんを下駄箱に靴を素早く突っ込んだ俺は強引に引っ張ると、視線から逃げるようにそのまま廊下を走り階段を駆け上がるのだった。


 *


「ふふっ、緑川くんもすっかりこの教室を気に入ったみたいだね」


 昨日、天王寺さんに連れて来られた空き教室に今日は逆に連れて来た俺が息を整えていると、天王寺さんは少し嬉しそうにそう笑った。


「いや、そうじゃなくて」

「? もしかして、そんなに私と2人っきりになりたかったの?」

「いや、そうじゃなくて。一体、何をしてたんですか!?」


 が、しかし、俺が連れて来た理由は勿論さっきのことを聞く為である。


「だから待ってた」

「いや、だからといってなんで俺の下駄箱なんですか!?」

「だって、昨日家行くって言ったら緑川くんが「やめて」って言うから、本当に仕方なく下駄箱で妥協して...」

「妥協した結果余計に人を集めてたんですが!??」


 確かに言ったけども家に来るのはやめてくれとは言ったけども、だからといって下駄箱で待ってくれとも言ってないわけで。


「そういうこともある」

「いや、「そういうこともある」じゃないですよ。というか、大体なんで俺なんか待つんですか? 待ってもなにも出ませんよ?」


 さも他人事かのように言ってのけた天王寺さんに、俺は1つ尋ねてみることにする。


「少しでも早く緑川くんに会っておはようって言いたかった。ただそれだけ」


 すると、天王寺さんは当たり前かのようにそう言ってのけた。


「えっ?」

「ダメ......だったかな?」

「うっ」


 少し肩を落とし悲しそうな顔をする天王寺さんを見て俺はつい言葉に詰まってしまう。


「というか、大分待ったって言ってしまたけど何分くらいあそこで待機してたんですか?」

「うーん、30分?」

「え゛」


 話題を変えようとしてした質問だったが、思わぬ返しに俺は固まる。どうやら30分もの間待っていてくれたらしい。


「でも、天王寺さんが使う下駄箱じゃないですよね? 変な目で見られてなかったですか?」


 しかし、俺はまだ天王寺が居たから注目を集めていたのか、男子生徒の方が詰め寄っていたから注目を集めていたのか分かっていない。

 尚もし、仮に前者なら30分もの間俺の下駄箱は注目を集めていたことになるので最悪だが。

 そこで俺は遠回しに天王寺さんにそのことを尋ねてみることにする。


「別に大丈夫だった」

「ほ、本当ですか?」


 すると彼女から返ってきた答えは大丈夫というものだった。

 もし、返ってきた言葉が「いっぱい人がいて大変だった」なら俺の下駄箱は30分視線を集めていたことになる所だったが、これなら——。


「みんな最初は不思議そうな顔をしてたけど、ちゃんと私が「2年5組の緑川 順くんを待ってる」って大きな声で伝えたら、分かってくれた」


 ふむ、なるほど。となると、30分の間みんなの注目の的になっていたのは俺の下駄箱などではなく、俺自身だったということか。

 そうなると、さっきの俺に対する視線の集まりようにも説明がつく。つまり、


「ね? 大丈夫でしょ?」

「...」


 何も大丈夫なんかではなく考えうる限り最悪のケースということである。


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 次回「一緒にご飯を食べるのは私。アーンをするのも私。責任をとって貰うのも私」


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