第5話 私は緑川くんのお母さんに挨拶をする義務がある


「最近の緑川くんの趣味ってなんなの?」

「うーん、日本での最近の流行り研究...とかですかね?」


 カラオケから出た(強制的に連れ出された)俺は天王寺さんとそんなことを話しながら駅へと向かっていた。


「ふふ。なんか、そう聞くと緑川くん外国人さんみたいだね」

「まぁ、実際ちょっと前まで外国住みでしたしね。って、そうじゃなくてっ!」

「そうじゃなくて...なに?」


 天王寺さんはキョトンと首を傾げる。なんか小動物みたいで可愛いなぁ...じゃなくてっ!


「なんでさも当然のように俺と一緒に帰ろうとしてるんですか」

「ダメなの? なんで?」


 すると、また少し怖い顔をしてそんなことを問い詰めてくる天王寺さん。


「いや、その天王寺さんみたいな綺麗で可愛い人と一緒に帰ってたなんて噂を立てられたら、俺無事に学校生活送れなくなっちゃうんですよ。ただでさえ、朝とさっきの件でクラスでの評価はかなり厳しいものになりそうですし...って聞いてます?」

「あっ、うん。聞いてる、聞いてる」


 俺は天王寺さんに納得してもらうべく理由を説明したのだが、肝心の天王寺さんは何故か下を向き自分の頬に手を当てていて明らかに聞いている様子ではない。

 しかも、何故か心なしか先程までの怖いオーラはなくなり代わりにとても嬉しそうだ。


 理由はまるで分からない。天王寺さんの思考を読むのはかなり難しそうだ。


「まぁ、でもそんなこと言われても私も帰り道こっちだし。緑川くんにあれこれ言われる筋合いはない」

「ぐっ」


 確かに正論である。駅に向かうまでの道はここ道が最短で、天王寺さんもその道をただ歩いているだけなのだから俺に止める権利はない。いや、まぁ歩くペース自体は明らかに被せられているが、それを指摘しても「たまたま」とでも返されるのがオチだろう。


「それにさ、1人よりも2人で話しながら帰った方が楽しいよ?」

「それは...」

「ね?」


 俺が言葉を詰まらせるとここぞと言わんばかりに、俺の手を掴み同意を求めてくる。


「分かりましたよ、分かりましたから手を離してください」

「やったー」


 そんなこんなで結局俺は天王寺さんを説得しきれず、一緒に駅へと向かう羽目になるのだった。明日から俺、色々と大丈夫だろうか? 友達とかちゃんと作れるのだろうか?


 *


 天王寺さんが乗る電車も同じだと言うので若干の疑いを持ちつつも、一緒に空いていた座席に座っていた。まあ、俺が乗る電車は同じ高校を通う人が1番使う電車らしいので多分本当だろう。


「もしかして、緑川くん日本で電車乗るの久しぶり?」

「ひっ」


 すると突然隣に座る天王寺さんが小声で話しかけてきた。し、心臓に悪い、


「い、いえ、今日の朝も乗って来たのでそういうわけでもないです」

「でも、そのわりには凄い警戒心が高いけど」

「逆ですよ。日本人の電車内に対する警戒心が低すぎるんですよ」

「そういうものなの?」

「はい」

「まぁ、側から見てる分には面白いからいいけど」

「というか、天王寺さんはまだ降りなくて大丈夫なんですか?」

「うん、大丈夫」


 もう、3駅ほど通り過ぎたがどれも天王寺さんの家の最寄り駅ではなかったらしい。俺としてはなるべく降りて欲しいのだが、運がないと言うべきかなんという言うべきか。


「天王寺さんってどこで降りるんですか?」


 また一駅過ぎた所で仕方ないので俺は自分から天王寺さんにそう尋ねてみることにする。


「ふふ、内緒」


 しかし、天王寺さんはクスッと笑うとそう答えるのだった。


 *


「俺次で降りるのでこれで」


 少しして、ようやく俺の降りる駅となったので隣の天王寺さんにそう告げると席を立つ。

 よ、ようやく逃げることが出来る。にしても、俺の家はかなり学校から遠いと思っていたが天王寺さんはそれ以上に遠いらしい。一体どこら辺に住んでいるのだろうか? いや、まぁ言われた所でここら辺のこと全然分かってないので意味がないのだが。


「あっ、私も丁度ここで降りるから「これで」ではないよ?」

「えっ?」


 俺がそんなことを考えていると、天王寺さんはなんでもないようにそんなことを口にするのだった。


 あれ?


 *


「駅まで一緒とは最早運命」

「そ、そうですね」


 最悪である。まさか降りる駅まで一緒なことがあろうとは。いや、普通に考えたらこんな美少女と一緒に下校出来るとか最高なのだが...それはこれからの学校生活を勘定に入れなければの話である。


 まだ、学校から駅まで一緒に向かうだけだったら「偶然」とか色々と言い訳出来るが、ここまで来たら出来ない。同じ高校の人にこんな所目撃されようものなら、おしまいである。


 な、なんとか一刻も早く天王寺さんから離れなければ。...そうだ。


「俺この漫画喫茶寄ってくので。今日はこれで。じゃあ」


 これでよし。丁度、日本の流行りを知る為に漫画にお金使いすぎてたしな、ここらで満喫を使って節約といこう。一石二鳥というやつである。


「あっ、じゃあ、私も寄ってく」

「えっ?」


 あれ?


「別に私が寄り道するの勝手だし」

「そりゃそうですけど...」

「分かったら早く入ろ? 時間勿体ないし、ほら」

「ちょっ」


 *


「初めてだったけど面白かった」

「...さいですか」


 結局、ただただ満喫で2時間ほど天王寺さんと過ごしただけになってしまった。一体、俺は何をやっているのだろうか。というか、冷静に考えてみるとこっから先の帰り道は絶対に違うのだから、無駄なことをしただけのように感じてきた。


「楽しかった。ありがとう、緑川くん」

「そう」


 しかし、天王寺さんのそんな言葉を聞いて無駄ってわけでもなかったか、なんて一瞬思ってしまった俺は案外チョロい奴なのかもしれない。

 目的を見失うな馬鹿野郎。


「じゃあ、俺はこの辺で」


 満喫を出てしばらく大通りを歩いたところで、俺は曲がって家への帰り道である細い道へと入ると天王寺さんにそう告げる。


 ようやく、本当にようやくである。長かった。


「いや、私もそっちの道なんだけど」

「えっ?」


 しかし、またも天王寺さんは真顔でそう言うのだった。


 あれ?


 *


「じゃあ、俺はこっちの道曲がるので」

「私も曲がる」


 *


「俺はこっちの道なので」

「私もそっちの道」


 *


「俺はこっちの」

「私も」

「って、そんなわけないですよね!??」


 何度繰り返したのか分からないやり取りに俺は声を上げる。


「やはり運命」

「最早、運命でも説明つきませんから流石におかしいですから。というか、家に着きましたし」


 そんなやり取りをしているとついには家に着いてしまった。おかしい。明らかにおかしいが、流石にこれで天王寺さんとお別れ出来る。ようやくだ。あまりにようやくすぎる。


「じゃあ、俺はここなんで」

「私もここだから」


 しかし、何故か天王寺さんはさも当然かのようにそう言うと自然な流れで家へと入ろうとすふ。


「いやいやいやいや、流石に違うでしょう!??? それはおかしいとかの次元じゃないですから」

「いや、でも私は緑川くんのお母さんに挨拶をする義務がある」


 俺は必死に止めるが天王寺さんは良く分からないことを口にしながら、なんとか入ろうとする。


「いや、こればっかりはダメです」

「むぅ」


 とはいえ、流石にこればかりは許すわけもなく俺か扉の前に立ち塞がり、そう言い切ると天王寺さんは少し不満そうに頬を膨らませると動きを止める。


「分かった。まだ、今は挨拶はなしにする」


 すると、天王寺さんはようやく諦めたようで少し不穏なことを口にしながら息をはいた。


「じゃあ、また明日」

「はい。って、どこ行くんですか!? そっち来た道ですよね??」

「...バレた」


 そして、俺に手を振り去ろうとする天王寺さんだったが俺の言葉に足を止め、気まずそうな顔をする。薄々分かってはいたがどうやら彼女は、俺に合わせて自分の帰り道ではないのにここまでついてきたらしい。

 まぁ、とはいえさっきの時点だと嘘だと言い切ることも出来なかったが。これで確定した。


「バレたじゃないですよ。...それで、こっから天王寺さんの家ってどれだけ離れてるんですか?」

「うーん、かなり?」


 天王寺さんは曖昧にそう口にする。


「俺が荷物を置きに行く間、ちょっとだけ待っていて貰えますか?」

「えっ? 送ってくれるの?」


 カラオケと満喫に寄り道したこともあってか現在の時刻は午後8時。仕方ないので俺がそう言うと、天王寺さんは心の底から驚いたように口をボカーンとさせる。


「いや、だって流石にこんな時間になって女の子を1人でかなり距離歩かせるわけにもいきませんし。銃なんかで心臓撃たれたら天王寺さんみたいな女の子1発なんですからね?」

「いや、心臓撃たれたら男の子でも一発だしここは日本なんだけど...ありがとう、緑川くん」

「つ、次はないですからね?」


 女神さまかと見紛うような微笑みと純粋な感謝に俺は少しドギマギしながらも、そう口にするのだった。



 *


「本当にありがとう、緑川くん。絶対にこの恩は返す」

「いや、別にそんなに気にしなくても大丈夫ですよ」


 天王寺さんを送り届けた俺に向かって、天王寺さんが拳を握り息を巻きながらそう口にするので、俺は念の為そう補足する。


「代わりに明日の朝は私が迎えに行く」

「あっ、それなら恩返さなくて結構です」


 なんというか案の定であった。


「じゃあ、弁当を作っていく」

「それも大丈夫です」


 そういう問題ではないのだ。


「うぐっ、じゃあ、なにか考えておく。とにかく、今日はありがとう緑川くん」

「い、いえ。じゃあ」


 天王寺さんは再び微笑み感謝を告げる。そして、あまりのその眩しさに目を合わせることも出来ず俺は口早にそう言うと急いでその場を去るのだった。


 ...なんか疲れたな。



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 次回「遅かった。待ってたよ?」


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