第4話 浮気はダメ、分かった?


「緑川くん、カルピス持ってきたよ」

「ありがとう...じゃなくて、なんでここに天王寺さんがいるの!? 大竹くんの反応を見るに誘われたってわけでもないんだよね?」


 さも、当たり前のように何故かクラスの歓迎会にいた天王寺さんが飲み物を取って帰ってきたタイミングで、俺は直接理由を尋ねてみることにした、



「そんなにお気になさらず」

「いや、お気になさらずとかじゃなくて単純な疑問なんですが」


 すると天王寺さんのやや外れた返答が返ってきた。最初あった時もそうだったが、天王寺ちょっとズレてるんだよなぁ。


「うーん、理由とか聞かれても困る。私は緑川くんに着いて来ただけだし」

「いや、まずそれがおかしいんですけどね!? 俺なんかに着いてきてもなにもないですよ」

「そんなことない、そもそも私と緑川くんは知り合いなんだから一日中引っ付いているべき」

「天王寺さんの知り合いの基準重すぎません!?」


 天王寺さんがそんなことを言うので俺は思わずツッコミを入れるが、


「そんなことない、日本だとこれが普通」


 真顔で淡々とそう返されてしまい、俺は黙り込む。


「緑川くん、まだ日本に帰ってきて間もないでしょ? だから、まだ分かってないだけ」


 た、確かにあんなオープンな自己紹介が普通なのだから知り合いとは一日中くっついているべき、というのもあながち嘘じゃなかったりするのか?


「いや、騙されないで緑川くん。普通にそんなわけないからね? その理論でいくとそこら中の人がくっついて生活する大変不気味な国が出来上がっちゃうからね?」

「そ、そりゃそうか。ありがとう、大竹くん」


 一瞬、信じかけた俺だったが大竹くんの冷静な言葉によって嘘だと気がつくことが出来た。さ、流石にそんなわけないか。危ないところだった。


「...もう少しで押しきれそうだったのに」

「全く、天王寺さんはなんて巧妙な嘘をつくんだ」

「いや、これに限っては申し訳ないけど緑川くんが騙されやすすぎるのが問題だと思うよ」


 少し残念そうにすると天王寺さんを見て俺がボソッと心の声を漏らすと、大竹くんにそんなツッコミをもらってしまう。


「それで本当になんで天王寺さんはここにいるんだい?」

「うーん、付き合ってるから?」

「えっ!?」

「嘘、嘘だから...多分」


 天王寺さんがなんてことないように爆弾発言をすると、大竹くんがひどく驚いたような顔つきで俺と天王寺さんを交互に見て口をパクパクさせるので、俺は慌てて訂正する。


「多分ってなに!?」

「いや、俺は天王寺さんのこと覚えてないから100パーセント嘘とは言い切れないんだ」

「なに、それはどういうことなの!? 本当に緑川くんと天王寺さんの関係性ってなんなの? 大分異質な感じがするんだけど」


 大竹くんはかなり戸惑った様子でそんなことを言う。正直、俺も同意見だ。俺と天王寺さんの関係性は異質すぎる。


「ま、まぁ、とにかく僕としてはトラブルだけ起こらなきゃそれでいいから。それじゃあ」


 そして大竹くんはこれ以上の疲労は避けたいと思ったのか口早にそう言い残すと、数名の男子がいるグループの方へと歩いていってしまった。


「...緑川くんごめん、ちょっと私お手洗いに行ってくる」

「はい」


 すると、天王寺さんもそう言い残し俺の元から去っていってしまった。そんなこんなで、唐突に俺はポツンと一人ぼっちになってしまった。


「ありゃ、なんで本日の主役さんが1人っきりになってるの? 良かったら、この私が話し相手になってあげようか?」


 仕方ないのでカルピス片手にボーっとしていると、この中だと聞き馴染みのある声が聞こえて来たので俺は顔を上げる。



「あっ、完璧超人冴様」


 すると、そこには一ノ瀬さんが自慢げにニッと笑って立っていた。


「うーん、もう普通に呼んでくれない? その呼び方、緑川くんが中々名前呼びしてくれないからついた嘘だし」

「分かりました、一ノ瀬さん」

「んん、まぁ、それでもさっきのよりはいっか」

「それで一ノ瀬さん、これって一応俺の歓迎会なんですよね?」

「うん、そうだけど」

「じゃあ、なんで誰1人として話しかけて来ないんでしょうか? もしかして、俺すでに嫌われてたりします?」


 海外での嫌な経験を思い出した俺が不安になって思い切ってそう尋ねると、


「いや、そういうことじゃないんだけど。その、緑川くん天王寺さんと話してたから、みんなどういう感じで話しかけていいのか困ってるんだと思う」

「なるほど?」

「朝も言ったけど、天王寺さんって人との関わりを極力避ける人だからさ、そんな彼女から積極的に話しかけられてあまつさえ付き纏われてるってなったら、興味はあれど話しかけるには勇気がいるんじゃない?」

「そうですか…」

「あとは単純にさっき天王寺さんが私達に話しかけるなオーラをビンビンに出してたからね」

「なんですか、それ!?」


 一ノ瀬さんの口からさらっと飛び出した理由に俺は驚愕する。


「いや、そのまんまだよ。だから私も本当なら詩織お姉様と触れ合いにいきたかったけど、あの圧を感じ取ってやめたしね」


 それが真実だとするなら先程の大竹くんの態度も疲労もあるだろうが、天王寺さんが怖くて離れたという方が正しいのだろうか?


「んで、天王寺さんのこと少しでもなにか思い出したりしたの? あの天王寺さんがここまで執着するってあり得ないことだよ? やっぱり彼女とかそういう関係だったとしか思えないんだけど」

「いや、本当に1つも思い出せないですね。そもそも、本当に会ったことがあるのかさえ…」

「えーでも、あの態度だよ? 会ったこともないってのはちょっと無理あるんじゃない?」

「でも、あそこまでの美人さんですよ? 一度でも会ったことあれば中々忘れることないと思うんですよね」

「うーん、そうとも言いきれないんじゃない?」


 俺の言葉に一ノ瀬さんは人差し指を立てながらそんなことを言う。


「人なんて見た目も性格も少しのキッカケさえあればいくらでも変わるもんだからね。かくいう私も今はこんな感じだけど、昔はめちゃくちゃ暗くて髪ももっさりして見知りだったし。それで、そんな自分が嫌だったから頑張って変えたんだ」

「へぇ、なんか想像つかないですね」


 てっきり俺は勝手に彼女の明るさは生まれ持ったものだとばかり思っていたが、違っていたらしい。


「あはは、みんなそう言うんだよね。今の変人っぷり見てると信じられないって。ちょっと酷いよね」

「でも、なんかカッコいいですね。自分を変えるのってとても怖いことだから、素直に凄いことです」

「…それはどうも」


 すると一ノ瀬さんは沈黙した後、一言だけそう漏らした。


「一ノ瀬さんどうしたんですか?」

「いや、私こんなだから普段人に素直に褒められるなんてことほとんどなくて、その…どうリアクションしていいのか分からなくなっちゃった。ごめん」

「いや、全然謝ることじゃないですよ」

「それもそうだね、うん。…ありがとう」

「いえ」

「なにしてるの?」

「「わっ!?」」


 俺と一ノ瀬さんがお互いにどう話せばいいのか分からず、微妙な空気を流しているとヌッと後ろから少し冷えた声が聞こえてきて、俺と一ノ瀬さんは2人して声を上げる。


「えっと、そのお帰りなさい。天王寺さん…」

「んっ、ただいま。で、その横の人は誰? 緑川くん」


 お手洗いから帰ってきたらしい天王寺さんなのだが、その様子がどうにもおかしいことに気がついた俺が少しビクビクしなら名前を呼ぶと、天王寺さんは冷たいオーラを身に纏いながら真顔でそんなことを問いかけてきた。


「えっと、同じクラスの一ノ瀬 冴さんです」

「この人、女の子だよね?」


 俺の紹介に対し、天王寺さんは更にそう問いかけてくる。


「はい」

「そう」


 天王寺さんが発したのはたった2文字の言葉なのに俺は酷く恐ろしく感じた。


「いえ、詩織お姉様と頼みなら私は男にでも女にでもなれます」

「この人は一体なにを言ってる?」

「分かりません」


 そして一ノ瀬さんが発した言葉に俺は純粋に怖さを感じた。なんか、この人天王寺さんが関わるとなんか壊れちゃってないか?


「はぁ、やっぱり心配して着いてきて良かった」


 次の瞬間、天王寺さんはため息をつき、空…ではなくカラオケの天井を仰いだ。


「緑川くん、帰るよ」

「えっ?」


 すると天王寺さんはなにを思ったのか突然俺の手を掴むと、一言そう言い俺を連れて行く。


「ちょっ、天王寺さん!?」

「全く…浮気はダメ、なんだからね? 分かった? 緑川くんには責任を果たす義務があるんだから。あっ、これ2人分のお金。置いとくね」

「えっ? あっ、うん。どうも…?」


 俺は当然意味が分からず困惑し、天王寺さんに意図を問おうとするが天王寺さんは一切聞く耳を持たず一方的にそう告げると、俺を引っ張ったまま大竹くんの元へいきカラオケの代金を渡す。


「だからその責任ってなに!? 俺は天王寺さんに一体なにをしたの?」

「それは秘密」

「ぐぅぅぅ」


 そんなこんなで俺は天王寺さんに引きずられカラオケを後にするのだった。…歓迎会ってなんだったんた。



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 次回「私は緑川くんのお母さんに挨拶をする義務がある」


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