弱いものバッヂ 2/4
「ただいまー。」
今日は河川敷で寝すぎた。この時間になるともう母親が帰宅している。
(学校から連絡が行ってなければ大吉。連絡が行っていれば大凶。)
リビングに入り、母親の眉間のシワを確認する。眉間の治安は平和を維持している。今日は大安か?
「今日の夜ご飯なにー。」
「今日はあなたの大好きなハンバーグ。手を洗っておいで。」
「うひょー。ハンバーグがこの世で一番好き。」
弱峰が手を洗っている間に、母はハンバーグを皿に盛りつけて提供してくれる。
いい匂いだ。しかし、箸がない。そのくらいは自分で用意する。そう思い、席を立とうとする弱峰だが、母に制止される。
「ちょっと、ご飯中に席を立たないで。」
「え、いや、箸を取りに行くんだよ…。」
「何言ってるの、ほら。」
母親は右手に持ったスプーンでハンバーグをすくい、弱峰の口元へ運ぶ。
「あーーーーーーん」
ゾッとした。ナイフを持った強盗が家に入ってくる方が自然だし、家にトラックが突っ込んできた方が納得できる。
「う、うっうわっ!やめろ!」
弱峰は不自然で納得できない状況から逃げることを選択した。自室に飛び込み、鍵をかける。
(やるかっ!?普通、高校生の息子にあーんするか!?俺の母親はどちらかといえば厳しい方であり、優しくしてもらったのは三歳までだ。はっ!もしかして息子があまりに不真面目でついにおかしくなったか…!?)
「才~、才、食欲がないならお風呂に入りなさい。体を流してあげるから、早くおいでー。」
せ、背中を流すぅ?母親の言葉に寒気が止まらない。背中に冷凍こんにゃくを押し当てられた気分だ。
「………明日は二時間目までには学校に行こう。」
おかしくなった母親と顔を合わせたくない弱峰は食事も風呂も諦め、そのまま寝ることにした。制服を脱ぐとき、わずかな違和感を感じた。
学ランの胸あたり、なにかついている。
学ランをひっぱり、その異物を視界に入れる。それは簡素な丸い缶バッヂであった。
「んー?俺こんなん持ってないぞ。」
缶バッヂには白無地に黒いペンで困ったような表情の顔文字が描かれていた。子供でも作れそうなクオリティだ。
「ま、いいか。」
缶バッヂを外し、登校カバンに入れ、服だけ着替えて布団に入った。
翌朝、時計の短針は「7」を指していた。余裕の起床、しかし弱峰は恐れていた。昨日の母親の異常な態度、今日しっかり起きただけで許されるだろうか。
この時間ならば、母親はリビングで朝食を取っている。今朝も「あーん」されたら、俺は家出するかもしれない。
リビングの扉を開けると、コーヒー片手に食パンをかじる母がいた。
「おっ、珍しいな不良息子。ずいぶん早いお目覚めじゃないか。昨日も遅刻したんだってな。厳くんが教えてくれたぞ。」
普通だ。いつも通りの母親だ。厳しくも明るく親しみやすい母そのものだ。机の上には弱峰の分の朝食も用意されている。
「今度厳くんの爪の垢をもらおうと思うんだ。そうしたら、不良息子も少しはマシになったり……しないか。」
いつも通り、俺に小言を言う母。その眉間の治安は少々荒れている。
「なぁ、母さんは俺にご飯を食べさせたりしない…よな?」
この言葉を受け、母はこの世ならざるものを見る目で息子を見た。
「んなことするわけないでしょ!!」
学校。一時間目が終わったタイミングで教室に到着する弱峰。
「お、今日はなかなか早いじゃないか。」
クラスメイトの中内は弱峰に軽口をたたく。俺はまともな言葉をかけてもらえないらしい。
「河川敷に自転車を取りに行くタイムロスが存在しなければ、一時間目には到着していただろうな。」
「河川敷…?」
「まぁまぁそれはいいんだよ。………にしても、なんか今日は学校がざわついてんな。」
弱峰の疑問に中内は驚愕する。
「お前マジか…。今日は生徒会選挙だろ?ウチくらいの進学校になると大学受験のためにって、選挙も盛り上がるらしいぜ。かなりの人数が生徒会に立候補してるよ。ほら、俺たちのクラスからも出馬する人がいるじゃんか。」
このクラスから生徒会に入ろうとする人…、弱峰にも思い当たる人が一人いた。よく見れば黒板の横にポスターが掲示されている。
『強田厳 生徒会会長に立候補! 学校改革に取り組みます!!』
「会長ぉ!?い、一年なのに…。さ、さすが強田だな…。意識の違いにめまいがするぜ……。」
「ああ、お前とは天と地の差だ。ちなみに弱峰が来ていなかった朝の時間に校門で演説とかやってたぞ。」
「うっそだろ…。そんなことしながら成績上位をキープしてんのかよ。バケモンじゃん。社会性のバケモンだ。」
「まー、一年生で会長になるって、かなり厳しいと思うけどなー。」
「そんなことはないぞ!会長は実力で正しく選ばれる!僕の実力ならば、確実に快調になれるだろう。」
いつも通り、いつの間にか背後に忍び寄って演説を始めている強田。会長宣言にオーディエンスが沸く。そんな中、いぶかし気な視線を送る生徒が一人。
「ちょっと待て強田。お前、なんか様子おかしくね?」
弱峰がそう言うと、強田の眉がびくりと動く。
「おかしい…?僕のどこがおかしいと言うんだ。毎日学校に通って、良い成績を取って、学校活動にも積極的に参加して…。学校に真面目に来ていない君の方がおかしいじゃないか!!」
「いや、そりゃそうなんだけど……。なんか………無理してね?」
弱峰の言葉に反論したのは、強田ではなくクラスメイト達であった。強田のためにと席を立ちあがり、弱峰の机を囲んで叫び始めた。
「強田はすごいんだ!このくらいの頑張りが『無理』なわけないだろ!」
「そうよ!強田くんは一年生にして生徒会長の有力候補なのよ!私だって強田くんに投票するし、きっとみんなもそうするわ!」
「強田にとってこの学校の生徒会長なんて『頑張ってる』内に入ってねぇよ!強田はすげぇんだ!」
男女問わない10人を超えるクラスメイトの剣幕は、弱峰に恐怖心を与えるのに十分なものであった。
「お、おう。悪かったよ。俺の勘違い…だな。」
弱峰が間違いを認めると、クラスメイトの表情は落ち着き、席に戻った。
「なんだこいつら。強田の信者か?」
中内は小さく呟いた。
そして体育館にて、生徒会選挙が行われる。強田は、本当に会長になってしまったらしい。拍手喝采の体育館の中に弱峰はいなかった。
「授業数に数えられない行事ってサボり時だよね~。幸い先生たちも出払っていることだし、この空き教室で小休止と行きますか。」
弱峰は椅子を並べて眠りについた。
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