一言タイムガス 3/3
定年退職後、忠正は妻の美枝との何気ない日常を過ごしたり、健太郎と共に様々な娯楽に興じた。
そんなある日の夜。いつも来ていた公園へとやってきた野村。
「おやおや、野村さん。もうここで一人、ビールを
さびれた公園のベンチ。
「
「ほう、それはいったい?」
カシュッ。野村は
「子供さ。僕と美枝さんの間には子供がいないんだ。」
そう話しはじめ、ビールをクイと口に含んだ。
「そういう夫婦も世の中にはたくさんいますからねぇ。お仕事の関係や、そもそも子供を必要としない方もいます。」
「そうだね。でも、美枝さんは子供を欲しがっていた。子供がいない原因は僕にあるんだ。」
「僕の家庭はとても裕福とは言えなくてね。親父とお袋はいつもお金のことで喧嘩していた。やれ「稼ぎが少ない」だの、やれ「節約がへたくそ」だの、お互いを罵り、責任をなすりつけあっていた。あれは僕が
野村は、ビールを一気に飲み干し、話を続けた。
「僕は家族を作るのが怖い。追い詰められれば父と同じように家族に手を出してしまうんじゃないかとね、考えてしまうんだ。だから…。」
「幼きあの日に戻り、両親に一言いいたいのですね。もちろん、お売りいたしますとも、私は
淡々と語る
野村は500円を払い、一言タイムガスを受け取った。少年時代の記憶を掘り起こし、両親が喧嘩していたあの時へ帰る。
野村はガスを思い切り吸い込んだ。
入道雲が昇る、青と白がはっきりと境目を分けていた。厳しい日差しは連日墓石たちを温めている。
ここはとある墓地。一人の老婆が墓参りをしにきていた。
「なかなか来られなくてごめんなさい。…あら、もうお花が。どなたかしら、お会いしたかったわ。ふふ…。」
老婆は墓石の前で手を合わせた。ゆっくりとその人を思い出し、手下げの中からいくつかの駄菓子を取り出した。
「ごめんなさいね。あなたが小さい頃好きだった物しかわからなくて。大人と子供の
老婆は微笑みながら慈しむように墓石の掃除を始めた。
終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます