三日坊主 4/4

 三日坊主に連れてこられた廃ビル。そこで拘束されていた女性はまわるの母親であった。


まわるよ。もっと幸せになりたければ『13の道具を使って母に仕返しする罪』を三日間我慢せよ。」


(汗が垂れる。動悸どうきが止まらない。さっきから手が勝手に震えるんだ。三日坊主、母さんへの仕返しって……この恐ろしい道具を使ってか…?)


「そんなにママのこと好き??」


 いつのまにか目の前に立つ少女。無邪気な声でそう質問し、こう続けた。


「一つ、幼稚園のお泊り会に参加させてもらえなかった。大好きなお友達一緒に遊びたかったのに、ママに「ダメ」って言われちゃったんだね。

二つ、親友と絶交させられた。小学生の頃のお友達、ちょっとヤンチャだけど、友達思いのいいひとだね。でもママは「遊ぶお友達を選びなさい」って言って絶交することになったんだね。

三つ、行きたい大学に行けなかった。おにーさんって、本当は英語が好きなんだ!でも、ママが決めた大学じゃないと、学費も出さない仕送りもなしって言われちゃっただね。

四つ、就職先を」

「もうやめてくれ!!わかった、わかったからやめてくれ。」


「あはっ!仕返しできて、幸せにもなれるなんて、おっとく~」


心からの笑顔を見せる少女に、まわるは怒りを超えた恐怖を覚えた。


「さぁ、まわるよ。どうするのだ。いまここで決断せよ。」


 肩に乗った三日坊主はまわるを急かす。彼の頭は今までの人生で一番回転しただろう。母親との思いでは正に清濁。母親を恨んだこともある。一人暮らしをして母親のありがたさが身に染みたこともある。

 目隠しを取られた母親と目があう。彼女は困惑しているだろう。廃ビルの一室、白いワンピースの少女と愛する息子、床には凶器が並んでいる。当然、母親は息子に助けを求めるように視線を送る。


(そうだ!加減すればいいんだ!13の道具…例えばナイフなら、軽く指先を切るだけでも『使った』ことになるじゃないか!ハンマーでも、軽く小突くだけなら……)


「あ、先にこの本を読んでね。道具の使い方には指定があるから。」


(し、指定……!?)


少女に手渡された一冊の自由帳。名前の欄には『もちづき めぐる』と書かれている。恐る恐る開くと、それはクレヨンで描かれたおぞましい拷問説明書であった。


「例えば、この電動ドライバーなら両肩に穴を空けないとダメェ~。」


視界がぐるぐると回る、クレヨンで描かれた絵を自分と母親に当てはめた時、まわるは倒れこんで嘔吐した。


「ゲッ…ゲホッ……。むり、無理だ三日坊主!俺にはできない!母さんを解放してくれ!!」


「ならば、まわるに相応の罰が下るが、それでもよいか?」


「相応の……罰。」


まわるは自分の願い、床に置かれた凶器、そして恐怖で顔をゆがめる母を見る。


(この状況に値する罰…?それじゃあ俺は…俺が…)


「俺が不幸になっちまうじゃねぇかよーー!!!」


まわるは錯乱した様子で電動ドライバーを握り、母の肩にあて、電源を入れる。


「んんんーーーっ!!んっ!!!んんんっ!!」


 涙を流し悶絶もんぜつする母を見て、正気を取りもどすまわる


「ああーっ!!ごめん、母さん!ごめん、ごめん母さん!!」


 痛む母を見てまわるは泣き崩れた。引っ込まない涙を見て、三日坊主はこう語りかけた。


まわるよ、道具はあと12種類。手際よくやらねば、失血死するぞ。それでは失敗とみなし、お前に相応の罰を与える。」


 三日坊主の言葉が脳を支配する。まわるは血が出るほど唇を噛みしめ、レンチと説明書を手に取った。


「俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。母さんは悪者。母さんは悪者。母さんは悪者!!そうだ!母さんの門限が厳しすぎるせいで、俺には友達ができなかった!高校生で彼女ができそうなときも母さんに邪魔された!!母さんは悪者だっ!!これは正当な仕返しである!!」


 レンチで右膝を殴る。メキキッという音が響く。母の声はもう聞こえなかった。次にノコギリを手に取って、そこからの記憶は残っていない。

 意識を取り戻したのは夕方。全身から血を流し、ぐったりと動かなくなった母親を見て、三日坊主はこう言った。


「これより72時間後、12月22日の16時31分12秒まで母に仕返しをした罪に耐えよ。」


 まわるは三日坊主の事務的な話し方にがたい怒りを覚えた。


(これは、悪魔の道具だ。)



 家に帰ると、病院から電話があり、母は事故死したことになっていた。葬儀の準備をしていたらあっという間に三日間なんて過ぎ去った。


 三日坊主は白い少女に返すことにした。この人形の顔を見るたびに、母親の顔が浮かぶ。

 俺はこれから、幸せになるんだ。ならねば母の死は…。



 そして15年の月日が経ったある日の夜。


「はぁっ!はぁ…、はぁ…はっ、ああぁ…」


 高級住宅地の一角。二階建て駐車場付きの立派な一軒家。ここが現在のまわるの家であった。まわるは汗まみれの体で跳ね起きる。


「あなた、大丈夫?ここ最近眠れていないみたいだけど…。」


「ああ、大丈夫だ。仕事が忙しくてね…。少し夜風に当たってくるよ。」


 美しい彼女は美しい妻となり、娘と息子も産まれた。今では有名私立の生徒であり、学業優秀、品行方正。自慢の子供たちだ。


 まわるは外着に着替えて家を出る。


 肌寒い風が頬に当たる。冬になると、いつも母親を思い出していた。自らの手で母を殺めてから15年。その手にはいまだに13種類の凶器の感覚が残っていた。


 まわるはタクシーを捕まえ、向かったのは実家の近く。


「おじさんっ!」


「……ははは。やっぱり君は人間じゃないのかな?」


 そこには白いワンピースを着た少女が立っていた。あれから15年経っているはずだが、娘と変わらない年頃の少女。


「なぁお嬢ちゃん。もう一度だけ、三日坊主を貸してくれないか?」


「いいよっ!」


 まわるは少女から三日坊主を受け取り、願いを言う。


「三日坊主、俺を今の記憶をもったまま過去に戻してくれないか?可能ならば母さんを殺す前に…。もう、もう限界なんだ。毎日母さんに怒られるのは、辛いんだ。」


 まわるの願いに反応し、三日坊主も口を開く。


「過去に戻りたいのであれば、『無の世界』を三日間我慢せよ。」


「無の…世界?」


まわるよ。お前から五感を奪う。他人との接触も禁ずる。その世界で三日間生き延びよ。」


「なんだそれ…。どうやってそんな場所を…。」


「あるよねっ?誰もいなくて、三日くらいならすごせそうなところ。」


 少女が笑顔でそう言った。正直、その場所に心当たりがあった。そこは歩いて10分もかからない場所だ。


「俺の実家…。母さんが死んでからも、なんとなくそのままにしておいたんだ。」


 実家に入る。定期清掃の業者が入っているので、中はきれいだ。カーテンも扉も全て閉め切り、母と何度も食事をしたリビングに座る。

 まわるはスマホを出し、妻には会社の出張、会社の人間には家族の病気と嘘のメールを送り三日間という時間を確保する。


 待ち受けは笑顔の家族写真。母の死を代償に手に入れた歪んだ幸せだ。この『我慢』が成功すれば、もう彼らと会うことは叶わないかもしれない。


 まわるはスマホの電源を落とし、三日坊主に我慢の開始を願い出る。


「あいわかった。」


 三日坊主の目がぎょろりと開く。


「これより72時間後の12月9日0時19分56秒まで『無の世界』で過ごしてもらう。」


 まわるの視界が真っ暗になる。同時に周りで鳴っていた近所の微量の生活音も全く聞こえなくなる。


(何も考えるな。ボーっとしていれば三日なんてすぐに経つさ…。)


 しかし、三日坊主に願って手に入れた聡明そうめいな頭がそれをはばむ。五感によって得られる情報を遮断しゃだんされると、考えるしかやることがない。


(母さん…)


 真っ先に浮かぶのは母を殺した自責の念。何度も何度も「本当は事故死で俺は殺していない」と自分に言い聞かせようとした。しかし何年たっても母の最期の顔が忘れられない。


(親になってみてわかる。俺も過保護になりそうだ。)


 次に浮かぶのは家族の顔だった。


(もし俺が妻や娘、息子に殺さるとなったら、どんな気持ちになるだろうか。)


 考えを巡らせ巡らせ巡らせ巡らせ…。何日経っただろうか。まわるは考えつかれては眠り、また起きては考え事をした。


(俺は…、このまま生きていていいのだろうか?)


 ガリッ。


 まわるは自分の爪で首を掻く。


まわるちゃん。自分のために人に嫌な思いをさせるの?そんな子に育てた覚えはない!ない!ない!ない!」


ない!ない!


(ない!母さんごめん。ない!このまま搔きむしれば…ない!育てた覚えはない!きっと……。)


 ボリッ…。ガリッ…。





ぱっ


脳天を貫くような光が目に入る。五感が戻り、世界の情報が強烈に入ってくる。目の前には三日坊主と白ワンピースの少女。


まわるよ、よくぞ我慢した。望み通り過去に戻れ。」


 目をつむる三日坊主。すると、まわるの体が白く光り始めた。


「これで…やり直せるんだ母さん…ごめんよ。」


まわるよ。次は上手くいくといいな。」


「え?」


 三日坊主が微笑み、まわるの体は消えた。



 終



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る