三日坊主 3/4

 三日坊主の力で母親から一人暮らしの許可を得たまわるは、さっそく会社周辺に家を借りて生活を始めた。


 何にも縛られない生活に、生まれて初めての自由を感じていた。


「ありがとう三日坊主みっかぼうず!君のおかげで僕はやっっっっと一人になれた!」


 肩に乗っかる坊主に最大級の感謝を述べる。しかし三日坊主は変わらず目を閉じ、たたずんでいるだけだ。しかし、引っ越しの荷ほどきをしているとき、突然に三日坊主はしゃべり始めた。


まわるよ。次に何を望む?」


「次…?次って、まだお願いできるの?」


「もちろんだ。まわるが我慢さえできればいくらでも望みを叶えることが可能。」


 ブルル。


 あの母親の意思を変えるためにやったことは『間食を我慢する』だけ。いったい三日坊主の力の天井はどこにあるのだろうかと想像すると、まわるの体の震えは止まらなかった。


「三日坊主…。俺、今の職場が嫌なんだ。優しい人はいるけど、上司がパワハラ気質きしつだし、残業多いし、給料高くないしで、完全に新卒就活失敗してんだよ。でも、転職は怖くてさ。今の環境で我慢してやり過ごそうと思ってたんだ。それも三日坊主とならなんとかできる!頼む!俺に合った転職をさせてくれ!」


 まわるは肩に乗っかる三日坊主に大声で願いをかける。


まわるに合った転職がしたいのならば、『電子娯楽でんしごらく』を三日間我慢せよ。」


「そ、それってもしかして…スマホが触れないってこと…?」


「スマートフォンのみならず、フィーチャーフォン、タブレット類、パソコン、テレビゲーム等も禁ずる。」


 若者のスマホ依存症が叫ばれている昨今。まわるも例外ではなかった。彼の休日のスマホ使用時間は10時間を超えている。


(明日から三連休。休み中に触れないのはキツイけど…、通勤電車でふとした瞬間にスマホ触っちゃいそうだよな…。)


 うんうんと悩んだ結果、決断する。


「わかった、三日坊主みっかぼうず。今から我慢するよ。」


「あいわかった。」


 三日坊主の目がぎょろりと開く。


「これより72時間後、8月12日の20時12分33秒まで電子娯楽を禁ずる。禁を破った場合は相応の罰が下る。」


 電子娯楽禁止生活、一日目は地獄だった。


 起きたらまずスマホでSNSをチェックしたい。

 ベッドで寝転がりながら動画を観たい。

 本を読むにしてもまわるは電子書籍派だった。

 テレビゲームもできない。


「なぁ三日坊主。スマホで友達に連絡するのはアウトかな?」


「連絡にSNSを使用するというのならばそれは娯楽に入る。電話での連絡なら許可しよう。」


「電話番号なんて知らないよ…。あっ、というか友達いないわ。」


まわる……。」


 まわるは三日坊主と会話したり、近くの本屋に行ってみたり、カフェに行ってみたりと、とにかく電子機器を触らないように生活する。


「普段やらないことをやるのも楽しいねぇ。これなら三日なんてすぐに終わりそうだ。」


 彼の言う通り、三日はすぐに過ぎていった。


まわるよ。よくぞ我慢した。」


「いやぁ、意外と楽しく過ごせたよ。全然我慢って感じでも…。」


「スマートフォンに連絡が来ているはずだ。」


 まわるがスマホを確認すると、そこには一通のメール。大学時代の友人からだった。しばらく連絡は取っていなかった友人は、会社を立ち上げ、軌道に乗せ、今は人員を増やそうとしているらしい。そのわくまわるを誘いたいという旨の連絡だった。


「これ…。」


まわるよ。そこがお前に合った職場だ。あとは身を委ねよ。」


 そう言って三日坊主は再び目を閉じる。


 まわるはその後も三日坊主に願いを捧げ続けた。


「かわいい彼女が欲しい。」

「会話を三日間我慢せよ。」


「良い投資先が知りたい。」

「睡眠を三日間我慢せよ。」


「もっと頭がよくなりたい。」

「水分を三日間我慢せよ。」


 他にもたくさんの願い事をした。裕福ゆうふくになり、美しい恋人とレストランで夜景を見ながら食事会。最高の時間を過ごしている。


まわるさん?どうしたの?浮かない顔してるけど…?」


 彼女が心配そうにまわるの顔をのぞく。


「ん?ああ!ごめんごめん!ちょっと仕事のこと考えちゃった。」


「なーんだ。あんまりこんを詰めすぎちゃだめよ。まわるさんは十分頑張ってるんだから。」


「うん。ありがとう。さ!食べよう!」


(優しい子だな。欲しいものは全て手に入った。俺は…幸せだ。幸せなんだ。)




「もっと幸せになりたい。」

 寒空の12月。休日に散歩にでかけると、まわるの足は自然とスポーツドリンクを飲んだ公園に向かっていた。あの日の暑さはどこへいったのだろうか、手にはカフェのテイクアウトコーヒーを持っている。何十回という願いの果て、古びたベンチでそう願うと三日坊主みっかぼうずは初めてまわるの肩から降りた。


「着いてこいまわる。」


 いつもならば、望みの後に何を我慢すればいいのかすぐに教えてくれるのだが、今日は様子が違う。


「なぁ三日坊主、どこに行くんだよ。」


 三日坊主は何も答えない。移動すること30分。到着したのは人気のない町のはいビル。足場が不安定な中、三日坊主に着いていく。


「到着だ。」


 廃ビルの一室。そこには、椅子いすに拘束された女性がいた。女性は口と目と耳を塞がれ、状況を理解できていない。しきりに「んー!んー!」と、もがいているが、ビクともしない様子。塞がれた隙間から見える肌はしわを刻んでおり、中年女性であることがわかる。


 まわるの額から汗が落ちる。拘束されている女性の周りには様々な道具が置かれていた。


 ナイフ、包丁、電動ドライバー、ノコギリ、鉈、ブロック塀…。全部で13種類。


「なんだよ三日坊主…。俺に…、俺に何をしろって言うんだよ!!」


「えへへ、13個だよ、じゅうさんこっ!!」


 廃ビルに響く少女の声。振り返るとそこにはまわるに三日坊主を渡した白いワンピースの少女がいた。少女は無邪気な様子で中年女性に近づき、目隠しを外す。


 正体が明かされる女性。まわるはその人を知っていた。0歳からお世話になっている女性。


「わくわく仕返したーいむ!!いじわるママに仕返ししちゃお!」


 母親と目が合うまわる。母の助けを懇願こんがんする目を初めて見た。最悪の予想が脳を駆け巡り、手の震えが止まらない。三日坊主はまわるの肩に登り、こう言った。


「もっと幸せになりたければ、『13の道具を使って母に仕返しする罪』を三日間我慢せよ。」

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