三日坊主 2/4

「母親から一人暮らしの許可を得たいならば、『間食かんしょく』を三日間我慢せよ」


 野太く、無機質な声はカバンの方から聞こえてくる。カバンを開けると、中から飛び出してきたのは、白い少女からもらったお坊さん人形『三日坊主みっかぼうず』であった。


「うわぁ!」


 勢いよく飛び出した三日坊主は、まわるの肩の上に乗っかる。


「ちょっとまわるー。大きい声出してどうしたのー?」


「な、なんでもないよ!ちょっと虫が出ただけー!」


「夜に大きな声出しちゃだめよー!」


「わ、わかってるー!」


 肩に乗った三日坊主を取ろうと試みるが、どれだけ力をこめようと全く取れない。まるで接着剤で固定されているようだ。慌てるまわるをお構いなしに、三日坊主の口が開く。


まわるよ。どうするのだ?母親から一人暮らしをする許可を得るために、三日間『間食』を我慢するか?」


「間食を…我慢?おやつを食べないってことか…?そんなことで、母さんから一人暮らしの許可が出るわけないだろ!?」


「出る。」


 まわるの問いに、三日坊主はそれ以上何も言わなかった。短くも太く強い言葉に、まわるの心は動かされた。


「わ、わかった。間食を三日間我慢すればいいんだな?それくらいだったらやるよ。」


「あいわかった。」


 まわるの言葉を聞いて、三日坊主の目がぎょろりと開く。


「これより72時間後、7月26日の23時32分44秒まで間食を禁ずる。きんを破った場合は相応の罰が下る。」


「相応の罰…って?」


「罰は望みの大きさによって変わる。小さな望みには小さな罰を。大きな望みには大きな罰を。」


 まわるのどがゴクリと鳴る。


(一人暮らしをしたいだけだ…。もし罰が下っても大したことないよな…?いや、そもそも、間食をしないなんて楽勝だよ。)


 こうして、まわると三日坊主の生活が始まった。



 次の日。まわるはいつも通り、会社の準備を済ませ出勤する。


「そうだ三日坊主。今から電車だから、カバンやポケットの中に隠れてくれないかな?さすがに人形を肩に乗せてると不審がられるし…。」


「案ずるなまわる。私の姿は他の者には見えておらぬ。あくまで私が監視者なのだ。」


 半信半疑のまま駅に行く。三日坊主の言葉の通りで、スーツ姿で坊主の人形を肩に乗せている男に誰も目もくれない。


(ということはさっきの俺の言葉は全部ひとりごと…?気を付けないと不審者と間違えられかねないな…。)


 妙にそわそわしながら会社に到着。朝礼を終え、上司に激を飛ばされ、外回り。一通り営業を終えて帰社。


(忙しいし、間食しないくらい我慢に入らないな。)


 疲れた顔をしながら仕事をしていると、事務員のおばちゃんが話しかけてくる。


「望月君、外回りお疲れ様。これ、私の叔母からもらったお菓子なの、どうぞ。」


 おばちゃんはそう言ってお饅頭まんじゅうをくれた。彼女はいつもまわるを気遣い、何かをプレゼントしている。まわるのことを息子のように思っているのだ。


「いいんですか!僕、饅頭まんじゅう好きなんですよねー!」


 仕事で疲れた彼の体は甘いものを欲していた。饅頭を手に取ったその時、三日坊主の顔を見てハッとする。


「す、すみません。今、ちょっとお腹の調子が悪くて…。遠慮しておきます…。」


「あらま!大丈夫?しんどかったら早退するのよ。」


「はい。お気遣いありがとうございます。」


 おばちゃんは心配そうな顔のまま自分の机に帰っていく。


(自分が我慢するのは楽だけど、。)


 自分に親切にしてくれる人に嘘をついた罪悪感に苛まれるまわる。しかし、その後は特に問題もなく気づけば三日間を終えていた。


まわるよ。よくぞ三日間『間食』を我慢した。お前の望みは叶ったぞ。」


 自室にて、三日坊主がそれだけ告げて目を閉じた。まわるは多分な疑いとわずかな期待感を背負い、母親に話を持ち掛けに行く。風呂あがり、録画したドラマを観る母親。いつもの様子と何も変わりない。一人暮らしの話をしたら、いつも通りヒステリックに否定されるに決まっていると、心では失敗を予想していた。


「一人暮らしがしたい?いいわよ。まわるもいい年齢だものね。物件は探しているの?」


 ポカンと開いた口が塞がらない。三日前とはまるで別人だ。まわるを心配する言葉を並べ、自立を阻害そがいしていた母親の姿はそこにはもうない。なんならスマホで賃貸を探し始めている。


「最寄り駅とか決めてるの?会社に近いと便利だけど、あそこらへんは家賃高いわよ。」


(このおせっかいさは母さんそのものだ。母さんは母さんのまま『俺が一人暮らしをすること』を許している…。)


 まわるは肩に乗った三日坊主を見る。彼は静かに目を閉じていた。

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