夢、買い取ります ④現の夢
音楽スタジオから出てくる
オートロックの前にはインターホン。部屋番号を入力すると扉が開く。中に入ると四つのエレベーター。現太郎は自分の目的階に行けるエレベーターに乗り込んだ。その乗り心地は行きつけの音楽スタジオのものとは比べ物にならない。
「1108…1108…。あ、ここだ。」
目的の部屋を見つけ、扉横のインターホンを鳴らす。出てきてのは、高校時代の友人であり、ギャンブルフリーターの
「よぉ現太郎!!あがれあがれ!!」
その顔には以前のようなみじめさや
部屋の中に入る。リビングはがらんとしており、広い空間にはテレビとソファと少々のゲームがあるだけだ。
「まだ家具が届いてなくてな。しばらくすれば人気ブランドの家具が勢ぞろいだ!!」
現太郎は荷物を下ろし、ようやく口を開く。
「服もカバンもたけーやつじゃん…。なぁ歩夢、いったいどうしたんだよ。お前こんな金あったのか?」
「何言ってんだよ!現太郎が教えてくれたんだろ!?
「ええ!?羨ましいなぁ…」
現太郎は歩夢の言葉に驚き、
「俺さ、人生で見る夢の数が少ないらしくてな。全部の夢を売ることは決まったんだけど、マンションを買えるほどの金にはならないだろうなぁ。」
心底残念そうな顔をする現太郎。
「そうか…。そういえば店員も個人差があるとか言ってたような。」
「ま、いいのさ!俺の目標が叶えられるくらいの金は手に入りそうだから。ほら、受け取ってくれ。」
現太郎がカバンの中から出したのは一枚のライブチケット。そこには現太郎のバンド名とライブの日付が印字されていた。
「ついにやるんだよ!大きい会場を借りてのライブ!夢買取屋のおかげでチケット価格は安めにできてさ!そのおかげで売り上げは好調!まずは赤字覚悟で俺たちの歌を大勢に聞いてもらうんだ!そしていつかは武道館!!」
歩夢は渡されたチケットをじっと見つめる。歩夢はこの会場を知っていた。それなりに有名なバンドもライブを行うような会場だ。今までの現太郎の小規模な活動とは違う。歩夢のチケットは手汗で少し湿った。
「そう…か。そうか。そうだよな!おめでとう現太郎!夢への第一歩だな!絶対聞きに行くよ!なんてったって買取屋のおかげでバイトも辞められて、毎日自由だからな!はははは!よし、今日は
その日は酔いつぶれるまで二人で吞んだ。翌昼に目を覚ますと、現太郎はもういなかった。スマホには現太郎から動画が送られてきている。
『昨日は美味い酒をありがとな!絶対最高のライブにするから楽しみにしておけよ!!』
練習スタジオで撮影された動画。最後はバンド仲間と笑顔で決めポーズ。動画が終わると、部屋に静寂が帰ってくる。
「……競馬行くか。」
その日のレースにはあまり興味はなかったが、一日中競馬場で過ごした。
その後歩夢は、新車、家具、キャバクラ、風俗、ギャンブル。あらゆる消費を行う日々を過ごした。そんな夢の日々は長く続かない。全ての夢に買い手がついたのだ。
(夢は全部売れた…か。もう荒い金使いはできないな…。)
今日は現太郎のライブ当日。ライブ会場に向かう電車を待っていると、信じられないものを見る。反対方面のホームに大荷物を持った現太郎がいるのだ。あの中途半端な茶髪と似合わない髭は間違いない。
(あいつ…何やってんだ!?今日ライブだろ!?)
歩夢は急いで反対のホームへ行く。
「現太郎!お前こんなところで何してんだよ!!?」
歩夢は現太郎の肩を思い切り握りしめ振り向かせる。現太郎の顔を見て歩夢はギョっとして手を放してしまった。いつもギラギラと輝いていた現太郎の目がひどく濁っていたのだ。
「どうしたんだよ…現太郎…。」
「歩夢。俺、夢を全部売ってさ。その金で買ったんだ…これ。」
現太郎が肩にかけている小さなカバンから出したのは、新幹線の切符だった。
「俺さ、田舎に帰って農家を継ぐことにした。一緒に上京してくれてありがとな。帰省するときは、会いに来てくれよな。」
「な、なんで…。だってお前は…!バンドで」
ガタンゴトーンガタンゴトーン
歩夢の言葉は電車の轟音にかき消された。プシューという音が鳴り、現太郎は無言のまま乗車する。止める暇もなく現太郎は電車に連れ去られた。
歩夢の心の中は黒くもやついた感情と、夢買取屋について調べた時の情報が頭を駆け巡った。
『廃人になる』
『政府の陰謀』
「夢をすべて売るのは危険なんだ…!」
あれだけ大金が手に入るのに、リスクが低すぎるのは不自然だった。夢買取屋の本当の目的は、夢をすべて買い取り『本当の夢』を奪うことなんだ!
スマホがプルルと震え、電話がかかってきたことを伝える。画面には「夢買取屋」の文字。電話に出ずにいると留守番電話のメッセージが残った。
「お世話になっております歩夢様。すべての夢の売りが決定してから一週間が立ちました。契約成立から一週間以内の来店が約束ですので、本日、必ず来店をお願いします。」
メッセージはそれで終了した。歩夢は足の震えを止められない。
「やばい…やばい!俺も夢を奪われる…!!」
歩夢は自宅へ走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます