夢、買い取ります ②100万円です

 翌日。チラシの住所までやってきた歩夢あゆむ。小汚い雑居ざっきょビルの看板には「夢買取屋ゆめかいとりや」の文字が書いてあった。


 歩夢はエレベーターに乗り込み、店に入る。白を基調きちょうとした店内は汚れひとつ見当たらず、雑居ビルの外見との差に驚く。出迎えてくれたのはスーツに白い手袋をつけた上品な雰囲気の男。すらっと長い手足に、整えられた髪。歩夢はつい自分の身なりを見直してしまう。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で。」


 店員は声まで上品だ。


「あの、友人から夢を買い取ってくれるって聞いたんですけど…。本当なんですか?」


「はい、もちろんでございます。よろしければご説明させていただきますので、椅子におかけください。」


 店員は白い椅子をひき、歩夢を座らせる。白いテーブルの上には資料がおかれる。


「本日はお越しいただきありがとうございます。ところでお客様は最近ラヴ博士の手によって開発された、『BAKU』という医療機器をご存知でしょうか?」


 歩夢は首を傾げる。彼の脳容量の多くは競馬に占められている。


「左様でございますか。それでは、BAKUの説明からさせていただきます。BAKUとは増え続ける精神病患者を少しでも減らすという目的のもと開発されました。その使命は『患者から悪夢を吸い出すこと』です。」


「悪夢を吸い出す…」


「はい。悪夢を見なければ、良質な睡眠が手に入り、良質な睡眠は病気の改善につながります。世界中で実験が行われ、実用化にいたったBAKUは多くの患者を救っています。」


 身振りを加えながら流れるように説明する店員。まるでニュース番組を聞いているようだ。


「それは…すごい話ですね。でも、それと買取に何の関係が?」


「BAKUの優秀なところは悪夢を吸い出すところだけではありませんでした。BAKUはのです。初めはただ処理されていた結晶ですが、とある医者が悪夢の体験会を開くと応募者が殺到さっとう。その日から『夢』が商品化されるまで、そう時間はかかりませんでした。」


 歩夢は店員に疑いの目を向ける。仮にこれまでの話が全て本当だとして、自分の見る夢にそれほどの価値があるのか謎だったのだ。


「お客様の夢にはとてつもない価値があるのですよ。夢を購入されるのは、いわゆる富裕層の方々です。そういった方々は忙しく時間がない傾向にあります。起きている時間だけでは物足りない。そこで寝ている時間も有意義な経験をしたいと考えるのです。夢には無限の可能性があります。お客様も『まだ寝ていたい』と思うほどの夢を見たり、意味不明な夢を見たことはありませんか?夢を購入されるお客様はそういった物に魅力を感じているのです。」


「なる…ほど。金持ちの道楽ってことか。それなら確かにありえるかも。夢を見れない人もいるだろうし…」


「そのとおりでございます。どうでしょう?夢をお売りいただけませんか?」


 とりあえず仕組みを理解した歩夢は自分の夢を売ることに決めた。寝ているときに夢なんて見れなくていい。起きている現実のほうが大切なんだ。


 その後、店員から健康上のリスク、売買上の契約内容などを説明されたが、特に問題はなさそうだったし、長い話だったので途中からあまり聞いていない。生返事を続け、すべての書類にサインをすると、奥の部屋に通された。


 奥の部屋へ続く道は、さっきの部屋以上に真っ白で、病院を想起させた。店員が扉を開けると、中にあったのは手術台と見たことのない機械。店員の腰まである直方体の白いあれがBAKUなのだろう。

 歩夢は店員に導かれるままに手術台に寝転がり、BAKUから伸びるヘルメットのような器具を取り付けられる。


 歩夢の脳内の解析が始まる。店員はしばらく時間がかかると言い、歩夢に一冊のカタログを手渡した。カタログには夢の内容とそれに応じた金額が書かれている。


 二足歩行で鳥の顔の生物に追われる夢 1万円

 パイロットになり、飛行機墜落を回避する夢 15万円

 美人とご飯に行く夢 2万円

 夏休みに田舎で友達と川遊びする夢 50万円


「幼馴染の女子と学校で勉強会…100万円!?」


 あまりの値段につい大きな声を出す歩夢。


「そちらは販売実績をせたものになります。危険な夢は一部のお客様にしか需要がないため、安価な傾向にあります。逆にもう取り戻せない青春、輝かしい友情・恋愛モノは高価な傾向にありますね。今、お客様が今後見る夢を解析しておりますので、もう少々お待ち下さい。」


 勉強会で100万円なら、告白に成功する夢や、キスをする夢は一体いくらになるのだろう。歩夢は頭の中に幼馴染を思い浮かべるが、ギャンブル好きになった油臭い男しか思い浮かばなかったので、途中でやめた。


(どうか架空の幼馴染女子が出てきてくれ…!!)


 切に願うこと30分。解析は完了、店員は歩夢の夢の一覧をパソコンに映し出し、説明を始めた。


「こちらが歩夢様の夢の一覧でございます。この中からお売りいただける夢を選択していただきます。さて、どの夢をお売りいただけますでしょうか?」


パソコン画面には100個ほどのタイトルが表示されている。

『砂漠で遭難、ジェットエンジンラクダが助けてくれる』

『空を飛び、隣町まで行くと床と天井が反対になる』

『友人と知らないおじさんに怒られ続ける』

『大きな建物に足が生えて、襲いかかってくる』

『近所の湖が明らかに大きくなって、かっぱに侵略される』


 夢の内容を端的たんてきに説明してくれているのだろうが、夢というのは文字にするとここまで意味不明なのかと歩夢は思った。本当に値段がつくのだろうかと、少し不安になりながらも、売りに出せる分はすべて売りに出してもらうことに決めた。


「よろしいのですか!?いやー、助かります。実は最近在庫不足に悩まされておりまして…。よければ今後もご贔屓ひいきにお願いします。」


「…あれ?俺の夢ってこれで全部じゃないんですか?」


「いえ、こちらは30分で解析できる範囲のものとなっております。もっと長時間の解析を行えば、人生すべての夢を売りに出していただくことも可能です。その場合は予約が必要になりますので、ご連絡ください。」


「すべて…ですか。まぁ、検討しておきます。」


「ぜひよろしくお願いします。それでは買い手がつきましたら、またメールにてご連絡させていただきます。本日はありがとうございました。」


 店員は深々とお辞儀をして歩夢を見送った。


 安アパートに帰宅し、布団の中で考え事をする歩夢。


(店員は商品不足だと言っていたけど、本当にあんな夢が売れるのかね。大金持ちになる気で乗り込んだけど、不安になってきた。ああ…明日もバイトだ。早く寝よう。)


 翌朝、歩夢がスマホを確認すると、そこには大量のメール通知。全て買取屋からだった。


『バスにて斜め前の女性と仲良くなる夢。12万円で売買成立しました。』

『河原を滑ると川の水から六足歩行の生物が出てきて仲良くなる夢。14万円で売買成立しました。』

『児童公園にて同い年の少女と遊び、夕暮れの中、母親に怒られる夢。100万円で売買成立しました。』


『一週間以内にご来店いただき、夢の結晶化をお願いします。結晶をお預かり次第、即日現金をお渡しいたします。』


「なっ!なっ!なっ!!!?」


 歩夢はバイトをバックレた。向かう先は決まっていた。

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