第76話ラビィの裁判
「被告人前へ。」
裁判官の声が冷たいサージカルステンレスの法廷に響き渡り、反響した。
ラビィは呼ばれてはっとする。
ラビィの裁判だ。
今までの過程で、逮捕時の状況説明がなされていた。
旅の海洋越えの途中、気球がガス欠になってこの日本国に不時着し、許可のない入国をしてしまったこと。そのときこの国では認められていない銃の所持をしていたこと。ついでに気球の居眠り運転。これらが有罪に相当するかどうかが争点になる。
これからラビィの尋問だ。
「ラビィさん自信を持って。しかし謙虚な態度で。がんばって!」
弁護士が小声でラビィに言う。
ラビィは小さくうなずいて、法廷に立った。裁判官が続けて言う。
「被告人、検察官の読み上げた起訴状に相違ありませんか?罪状を認めますか?」
ラビィは比較的リラックスしていた。裁判の前に弁護士が言っていた。
「ラビィさん逮捕時の状況的に有罪になる確率は低いでしょう。事故を立証できれば大丈夫。さあ気をしっかりもって、お話しに伺った旅で出会われた人たちからの電話での応援もありますよ。」
それに弁護士が旅で出会った人たちに脱走後の様子を確認するため電話をしたときに応援の言葉をもらった。
そのことで、ラビィは大分勇気づけられていた。
「逮捕当時のだいたいの状況はあっています。けれどこれは事故で、罪になるとは思いません。」
ラビィの第一声がサージカルステンレスの法廷に響く。
「それでは、大筋の状況は認めるけれども罪状は認めないということですね。」
「そうです。」ラビィは毅然として言った。「良いぞ、手錠うさぎ!」
いきなり傍聴席から声があがり、サージカルステンレスの法廷に響く。
ラビィが傍聴席を振り返ると、声を上げたのはパステルカラーの貝たちだった。
なんと他にも、電話を受けて今日がラビィの裁判だと知った人たちが傍聴席につめよっている。
ラビィはあぜんとした。
「頑張れ手錠うさぎ!」
傍聴席のみんな、うなずきあう。
「静粛に!」
ラビィは更に勇気づけられた。ラビィは揚々とした顔で前を向く。
「・・・えー、いいですか?」
検察官が手を上げる。
「自分が無罪であると言いながら、なぜ仮拘束中に逃げられたのですか?やはりやましいことがあったからではありませんか?例えば銃を密輸しようとしたなど。」
弁護士がすかさず手を上げる。
「誘導尋問です。質問の撤回を求めます。」そうだ!傍聴席から声が上がる。
「弁護人の言い分を棄却します。被告人、脱走についてはなぜですか?お答えください。」
「それについては・・・ぼくは、えーと・・・旅を続けたくて・・・その・・・」ラビィは冷や汗をかいた。それについて言われれば弁解は難しい。確かに無罪に自信があるなら逃げる必要はなかったのだ。ラビィのさっきまでの余裕は、この質問でいとも簡単にくずれさった。
弁護人が手をあげる。
「被告人は病気で家にこもりがちの弟のために外の景色を見せようと旅をして写真をとり、家に送っていたそうです。それで長い間拘留されればそれができなくなるため、逃げてしまったようです。不時着したことは事故ですし、不法入国ではありません。そしてそこにたまたま護身用の銃があった。銃を密輸など、しない人柄であることは、この傍聴席にお集まりの旅先で出会った方々の声援が証拠でしょう。」
弁護士が整理して言ってくれる。
傍聴席の人たちがみんなうなずく。
検察官が手を上げる。
「本国では陪審制度は採用されておりません。弁護人、多数決ではありませんよ。」
弁護人が手をあげる。
「裁判長、それでは人柄の証明のために正式に証人を召喚します。」
裁判長が言う。
「証言を認めます。」
「ミスミスティ、どうぞ。」
ミスティがどうやって入ってきたのかと思うほど音もなく法廷に入ってきた。
「これは問迷鏡。迷いを問う鏡。どうしてそうなったのか、どうしたら解決するのか、その人のハートをあらわにして、自問自答の機会を与える魔導鏡。」
ミスティが鏡を取り出す。鏡はまだアクアマリンブルーに金箔が散ったような色を映していた。
「かの子は言った。「ぼくに迷いはない。あるのは手錠が外れないって言う悩みだけ。」
「ぼくは銃を使う。ためらわないことは精密な判断の上に成り立つ迷わないこと。それがあるからぼくは迷うときがあっても判断して解決することをあきらめない。」
そして鏡は言った。「すがすがしい心根に、光る強さ、あなたのハート・・・」そして美しい色を映し出した。かの子のハートの証拠。・・・それよりもあなた、召喚だなんて言って、こんな紙切れ一枚で人を呼びつけただけじゃないの、魔術はちゃんと修められまして?正式な召喚は筆記体の召喚陣を描けなければ・・・」
ミスティが法廷で弁護士にお説教をし始め、弁護士があわてる。
「あ、あ、もう結構ですよ。法廷での召喚は魔術の召喚とは性質が異なりまして・・・ご証言ありがとうございました。以上です裁判長。」
裁判長がうなずく。
それを見て弁護士が満足げな顔をする。
検察官が手をあげる。
「主張は分かりました。しかし、では、気球の居眠り運転についてはどうですか?あきらかな安全運転義務違反ですが、なにか弁明はありますか?」
これにもラビィはまともな回答ができない。それはあきらかに過失だ。今度は検察官が満足げな顔をした。
弁護士が手を上げる。
「居眠り運転の証拠はないでしょう。被告人は漫然運転、ぼんやりした状態で運転していました。それでガス欠に気がつかなかったのです。安全運転義務違反については民事上の問題です。刑事罰には至りません。」
本当は居眠りをしていたのだが、ぼんやりしていたという言い方に変えれば罰則が軽減されるという弁護士の強い助言のためにラビィは何も言えなかった。
気が引けたが裁判も裁判だ、過失を認めてしまえばそれはただちに罪になるし、証拠がなければ裁判の弁論しだいで罪の有る無し、軽さ重さが決められてしまうのだ。無実の人が罰を受け、罪を犯した人が、知恵しだいで罰をすりぬけることだってあるだろう。これがひとを裁くことなのかと疑問に思った・・・。
法廷は静まった。
弁護士と検察官の目同士が、静かに火花を散らす。
だれかがくしゃみをした。
サージカルステンレスの法廷に響き渡り、反響する。
そのとき裁判官が言った。
「弁論は以上ですか?」
弁護士が言う。「はい。」
検察官が言う。「はい。」
裁判官が手をあげる。「それでは審議に入ります。」
審議の間、傍聴席からラビィ、ラビィさん、という呼びかけがあがった。ラビィはちょっと振り向く。親切にしてくれたクリスタルクラウンピアスの優しいプリンセスがほほえみかける。さすがプリンセス。正装のブレザーをしっかり着てきている。一方トゲ無しサボテンはハットにポンチョというご機嫌なスタイルで、新しく生えてきたらしい4本目の腕を振っていた。パステルカラーの貝たちは相変わらずの減らず口で辺り構わず話しかけて、周囲を困惑させていたし、スノーフリークスたちはこの国の冬はどんなですかと聞いて回っていた。氷のレディは冷気のベールをまるで白い毛皮コートのように着て座り、今日はベール持ちお休みのホットハートとコールドハートがその両脇にけんかもせずお行儀良く座っていた。そのせいか氷のレディの憂いは今日はないようで、ほほえみとまではいかないが、機嫌は良さそうにしていた。いかずちの踊り子巫女は一番後ろのスペースで警察官に白い目で見られながら声援の代わりにダンスしていて、いかずちのほうは裁判所の屋根に景気よくドーンドーンと落ちているようだった。レモンミルキーウェイのお兄さんは裁判に勝ったらレモンミルクシェイクをフリードリンクで提供するとさわやかに言ってちゃっかりレモンミルクシェイクの宣伝をしていた。星磨きのアルバイト先の一等星たちは磨かれた光で辺りを照らし、サージカルステンレスの法廷にときおり光を反射させながら、ラビィさんが負けてしまうと一級の星磨きが頼めなくなるとぼやきあっていた。ミスティは自分の時間をこれ以上浪費するまいと帰ってしまうかと思ったが、そのまま傍聴席の一番前に残ってラビィの裁判風景をスケッチしていた。それから師匠と、もちろんお母さんも来ていた。モカは病み上がりのため、大事をとって家に残ったが、ラビィが家を出るとき「お兄ちゃん頑張って。」と、ちょっと心配そうな顔で見送ってくれた。その他にも
・・・バタン!!
いきなり法廷の傍聴席側の出入り口が開かれ、サージカルステンレスの法廷に響き渡る。「まあ、遅れてしまって、だって陸ったら呼吸が浅くなるじゃない?休みながらじゃなければとてもじゃないけれど進めない。あら?今裁判はどのあたり?」深海の女王だった。グレーブルーのシックなそれでいて豪奢なドレスを来て、体が乾かないように香水ボトルに海水を入れたものを霧吹きしながら、パール貝を抱えて威風堂々入場してきた。
「あー!おまえ、そんなとこに入って、何してるの。」
パステルカラーの貝たちが、パール貝に入ったパステルグリーンの貝殻だった貝を見つけて声を張り上げる。
「わあ、おまえら、なつかしいなあ。僕、ラビィと海を旅して、このパール貝と出会って結婚したんだ。」
「「なんだってー!!」」
サージカルステンレスの法廷に声が響き渡る。それからは、おいやったな、なつかしいな、元気だったか、などと再会を喜び合っていた。「あー、いいですかな?審議が終わりました。」
裁判官がこの一騒ぎに負けないよう声をはりあげた。
「まあまあ、審議中でしたの。よろしいわ裁判お続けになって。」
深海の女王が威風堂々許可した。
いよいよ審判の時だ。
ラビィは再び法廷に立った。
裁判長が咳払いする。
「判決を言い渡します。」
ラビィは目をつぶる。
これで自分の運命が決まる。
・・・誰かがくしゃみをした。サージカルステンレスの法廷に響く。
裁判長がもう一度咳払いをして、それから木槌を2回打って言った。
「無罪。」
サージカルステンレスの法廷に声が響き渡った。
その声とともにラビィの腕の手錠が、水がつたい落ちるように、するりと消えていった。
一瞬の沈黙。
ラビィは腕を上げてその腕をよく見る。
確かに手錠は消えた。
消えて腕が自由になった。
ラビィの両耳がぴょんとたつ。
ラビィは勝訴した。
わっと傍聴席から歓声があがった。
サージカルステンレスの法廷に大反響する。ラビィは腕をあげたまま傍聴席を振り返った。「みんな、ありがとう。本当に、ありがとう!」
サージカルステンレスの法廷にラビィの声が響いた。
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