解読
あまり手を付けたくなかった革の鞄を開いた。才木は手袋をして、慎重に中身を引きだす。鞄は生活感が強すぎて、まだ開ける覚悟ができてなかった。才木が丁重に中身を出してくれて正直ありがたい。
中からは財布、タブレットPC、メモ、ボールペン、など普段使いのものばかりが現れて、まだ生きているようで変な感覚だ。
「ありました」
奥から黒い革袋を出す。紐を緩めると、滑石の印が三つ現れた。
「使われているのはこれですね」
学に三本並べて見せる。
「そうだ!宿題で作った!」
朱印につけて印刷用紙に押す。ノートの表紙のものと合致していた。
「使われるものも同じようですね。あとは……」
残りの中身を取り出す。後はハンカチなどの衛生用品と、杖が出てきた。昔の指揮棒に近い形の杖だ。
「松でできていますね」
「学生の頃にコンサートに正体を受けてからずっと小澤征爾先生が好きでした。ですからこのような形になってんでしょう」
「なるほど」
父の杖を上から下まで観察する。
「付属品はストラップのみ。基礎魔術のみ、と考えると属性魔法はない」
「属性?」
「さっきの電気の例の通り、個人の性質が強く出る魔術。これは誰でも使えるわけじゃないけど、基礎魔術は魔力の基礎操作のみだから練習すればだれでも使える魔術。つまり、僕でも解けるはず」
作太郎が目を逸らした。才木は話を続ける。
「ボディガードみたいな実戦的な仕事じゃない研究職なら基礎魔術だけでも仕事に就けるんだ。だから、他の事で」
直は印を手に取り、もう一度表面を観察する。一点で目を留めた。
「『封泥』って知ってる?」
「なんですか?」
「昔のセキュリティみたいなものかな。機密文書を送るとき、昔は陶器を焼いたんだ。その時に壺を封じるためにひも状にした泥で巻いて、その泥に紋様を付けるんだ。これが壊れたら道中で見られたってことがわかる。配達先に届くまでに壊れてないか確認してから壊すんだ」
なんとなく理解した。秘密鍵が封泥の印だ。
「ノートは焼けないですよ」
「うん。だからこれはアイデアを利用した魔術だ。だからこの場合印の所有者または送り先が印を壊せることになるんだけど」
印の側面を上にして直が差し出す。そこには「ももせまなぶ」とマジックで書いてあった。その横に『百瀬悠二郎』と細いボールペンで学の父の名前が並んでいた。
「君なら開けられる」
やっと思い出した。持ち帰った時、父が貰っていいかと聞かれた。別に使う気もなかったからあげた。数少ない会話だったのに、忘れていたのだ。
酷いな。並ぶ文字が父子の並ぶ姿のようで、拒絶したのは自分のようで、今更胸が痛い。
じいちゃんの目がにじむ。確かに物の方が父よりもずっと饒舌だった。
「……どうすればいいですか。魔力の使い方を知りません」
「魔力は基本的に拡散しているんだ。掛けるときは魔力を操作する必要があるけど、解くときは用途によって使わないこともある。これはノートだから、必要ない可能性が高い」
「つまり?」
「単純に形を崩せばいい。一応一冊だけで試してみよう」
一番上のノートを前に置いた。そして消せるボールペンを置く。
「やり直せますか?」
「本が破壊されない限り基本内容が消えることはないよ。回数制限があるなら二つ以上の魔術が必要で、これは一つしかかかってない」
「……わかりました」
じいちゃんと目を合わせる。
「あまり力を入れるなよ」
「うん」
深く深呼吸する。それから、ボールペンで白抜きを埋めた。一線を埋めただけで表紙の紋様は消えた。中を開く。
「うわっ」
背から蟻のように言葉が流れ出てきて、文字列を作っていく。うぞうぞと動く文字は岩の裏を覗いたようないけなさがあった。
数分待つと意味のある文字列を作り上げた。そして拍子に文字が戻る。
『ファウスト 研究ノート①』
「決まりですね」
解決は早かった。学は初めて父の仕事を知った。
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