研究所へ

 足を止めたのは館の前だった。レンガ造りの館だ。蔦をモチーフにした紋様の柵に囲まれており、生き物の気配のない冬の森の中に佇んでいた。下のいわゆるアメリカンな黄色い壁の家や、昔ながらの木造で瓦屋根の家ではない。館物ミステリに出てきそうな西洋風の館だ。

 競売にかける予定だが、今のところ弁護士と話し合っている。正直売れる気がしない。

 才木はびっくりしたのか、きょろきょろと周囲を見渡していた。

「これは……結構かかった?」

「中古です。幽霊屋敷だったらしいですよ」

 近所の人が言うにはたまにポルダーガイストが出る屋敷だったらしい。一つ道がずれたら大きく開けた新しく機械的な牛の農場が出てくるのとは対照的だ。

 蘭の模様をモチーフにした、背の高い少年よりも高い門の前に立つ。コートのポケットから取り出した鍵束から一番大きなカギを取り、静かに門の鍵穴に差し込む。入ったことを確認して、回す。手ごたえがして門を引くと開いた。

滑り込むように中に入り、内側から鍵をする。門を引いて開かないことを確認して中に進む。

 まず館に入り、端から端まで歩き回った。

「何もありません」

「もしかして全然使ってない?」

「風呂とキッチン以外は使った痕跡はなかったようです」 

 祖父が遺品整理したときあまりにもものが無くて唖然としたらしい。

「ベッドは……?」

「書庫にありました」

「あぁ。気持ちわかるなぁ。忙しい時はロケバスにベッド欲しかった」

 壮絶な言葉が聞こえた。なんてリアクションしたらいいのかわからない。

 一応天井裏も見て、何もないことを確認して家を出た。

 次に向かったのは館の横の小さな小屋だった。

 同じように煉瓦造りの小屋だ。二階建てくらいの高さで円筒型に屋根が尖らせた鉛筆のような形をしている。今度は鍵束から次に大きなカギを取り、鍵を開けた。漆塗りの木の扉を押した。

「うわっ」

 つい歓声を上げた。開いてすぐ、天井まである本棚が飛び込んで来た。

 大きく扉を開いて中にふらふら誘われる。古い本のすこしつんとする臭いが鼻の奥につく。カーテンのかかった小窓から漏れる光が埃で繊細なレースのような光を作る。

 初めて来た場所なのに秘密基地のように胸が昂る。本棚に近づき背表紙を眺める。一周したところで上の本に手を届かせるようにレール付きの階段がある。理想的な書庫だ!

「ベッドの脚の跡がある」

 才木は突然しゃがんでぎょっとした。見ると指で床のくぼみを数えている。

「確かに書庫を中心に生活していたみたいだね。食事はキッチンで摂ってたみたいだけど、後は全部ここで済ませてたみたいだ」

 観察眼を十分に使い、情報収集する。浮足立っていた俺が恥ずかしい。

「本はそのまま残してあるんだ」

「才木さんから連絡が来たのでそのままにしておいたそうです」

「ありがたい」

 じいちゃんは封印魔術について知っていたから鍵の探し方を知っていたんだろう。

 電気は止まっているが、才木がカーテンを閉めた。

「いいんですか」

「いつも見ている風景にしたい」

 言う通りだった。父は本のためにカーテンを閉めたに違いない。

 薄暗い書庫を見渡す。書庫は上から下まで文字通り本が並び、あとは高い本を取るための梯子、窓際にある作業用の木机、机上のスタンド照明、ゲーム用の長時間座れる椅子、ゴミ箱二つ、防犯用のモニタくらいだ。

 才木手を合わせた。学も遅れて手を合わせる。それから椅子に座り、木机の引き出しを引いた。

 シャープペンシル、ボールペン、シャープペンシルの替え芯ケースのみだった。

「……」

 才木が手に取って上から下まで見渡す。杖を振ってみるが、なんの反応もない。

「ただの筆記用具だ。次に行こう」

 横の大きな引き出しを引く。すべての引き出しを引いても出てくるのは新品のノートと使い古しのノートだけだった。

 ぺらぺらとめくるが簡単なメモと簡単な図だけだった。

「ここでずっと考えてたんだ」

 めくっていると、『授業参観』が目についた。ノートの中にはたまに日常的な言葉が書いてあって、いつもの父よりもかなり饒舌だった。頭の中のまとまらない言葉を並べたんだろう。

 ノートではなく会話しようと思わなかったのか。こんな時なのに父の弱さを垣間見得てしまった。

「つながる情報はありますか」

 黙っていられずに口に出した。沈黙が余計なことを考えてしまう。

 才木は最後までめくった後、一ページ目から見返し始めた。

「このノート自体は思考をまとめるための下書きみたいなものらしい。ぼんやりとしすぎてわからない。つき合わせればなんかあるかもしれないけど……開けないと」

 才木はもう一度目を通し、あるページに目を付けた。

「これ、スタンプじゃないか?」

 ノートを覗く。才木が指さしたのは四角の印鑑だった。印影には先程のノートの表紙の印だった。印鑑とは逆に面が文字だけを切り取る。

「これで押した?」

「違う、これは落款印だ」

「落款印?えっと」

 才木が顎に手を当てる。

「……陶器の裏印か」

「それ」

 落款印は陶器の裏面に押す、個人のサインのようなものだ。

 そうだ。

 やっと思いだせてつい手を叩いた。

「俺の裏印かもしれない」

「それで?」

「小四くらいの頃夏休みの宿題で、一つ作品を作ってこいっていう宿題がありました。その時に多分裏印を作りました」

「今はどこに?」

「家に持ち帰ったことは覚えていますが……もしかしたら、父が使っていたかもしれません」

「陶器……」

 才木は口に手を当てた。俺は印がないか引き出しを片っ端から開け、机の裏まで見渡す。

「……印の持ち主は父親。持ち主をどうやって証明する?」

 ぼそっと呟く。それから立ち上がった。

「事故当時持っていた鞄は今?」

「家にあります」

「じゃあ、そこだ」

 立ち上がった。俺は晴れたような表情の才木を見上げる。

「昔の暗号や封印方法からアイデアを貰ったものが多いんだ。少しは捻ってあるけど、今回の場合は人となりと知識さえあればわかりやすい」

 手を合わせて「ありがとうございます」と深く感謝の言葉を口にした。俺も遅れて手を合わせる。

「鍵は見つかった。家に戻りましょう」

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