封印魔術について

 家を出る直前、キッチンの角つけたスピーカーがピンポンパンポンなった。

『正午ごろ、付近で猿の集団が目撃されました』

 珍しいのか、才木は顔を上げた。

「こんなのもあるのですね」

「市内放送です。不審者情報や、市のイベントやインタビューなどが流れます」

「ああ、有線ですか」

 へぇー。才木は昔来た観光地に再訪したときのように少し興奮していた。

 じいちゃんはわかりやすく不安な様子だった。

「あの。魔術攻性、何級ですか?」

 才木は顔を澄まして財布を取り出し、免許証のようなものを引きだした。

「イの三ですね」

「じゃあいいか。あんた強いな」

 じいちゃんから不安が消えた。それから手を振った。

「寄り道せず戻ってこい」

 会話の内容がわからない。才木は興味を失ったのかいつの間にか玄関で靴を履いていた。俺も遅れ玄関に行き、並べて置いた防寒靴に足を入れた。

 家から出て、田んぼと田んぼの間の細い道を上っていく。ここを上がると住宅地があり、その上を上ると山に入り、山中を少し上ると父の研究所がある。

 空は青く、昨日降った雪が山と水のない田んぼを白く染めていた。

 二人きりで静かに歩く。そこらへんで売ってそうなダッフルコートとスパイク付きのスニーカーの俺に対して相手は高そうな黒のロングコートにちゃんと防寒靴を履いている。釣り合ってない。

自分とは全く違う世界の人間だ。普段なら話もできない人だが、今回の事態の解決のためにもこちらから接近するしかなかった。田舎モンだと思われてもこっちは高校受験がかかってるんだ。

 ちょうど角を曲がったところで話を振った。

「さっきの魔術攻性って、なんのことですか」

 才木は数秒待って、こっちを急に向いた。怖い。

「ああ、あれは魔術の実戦的な強さのことだね。柔道や合気道みたいに、試験を突破した場合等級が上がるんだ。五から一の順、ハ→ロ→イの順で強くなるんだ」

「そうなんですか」

「等級が必要となる仕事もあるんだ。一応鑑定士もロの五以上が受験資格がある」

「そんな危険なんですか」

「ロの五くらいは成人は持っているものだから、成人未満の足きりみたいなものだね」

 へぇー。全然知らない世界だ。

「魔術界って一つの社会なんですね」

「まあ、なんというか、家族ぐるみとか、親戚一円が魔術の血統みたいなところがやってるから」

 急に細かいところが曖昧になっていった。あまり言いたくないことばかりらしい。

「それで」

 急に調子を変えた。

「子どもが魔術について知らないのは珍しいね」

「普通は知ってるんですか」

「親が魔術師なら、子どもは知っていることが多いんだ」

「全然話さなかったですね。父は無口で祖父は陶芸家で全然関係ない職業ですから」

 家の横には陶芸用の小屋と窯がある。勿論魔術は関係ない。

「家族に陶芸家も珍しい」

「有名って程ではありませんが、生活を立てられるくらいにはいい作品を作っています」

「君は作ったりはしない?」

「息抜き程度ですね。じいちゃんを見るととてもあそこまではいけません」

 昔からたまに作ったりしていた。ただ陶芸家になるには不器用すぎること、土に凝れないところとか、細かいところを突き詰められないところを知っている。陶芸家になる夢は歳を経るにつれて消えていった。

「夏休みの宿題の題材は楽できましたね。陶芸ネタならいくらでも転がっています。父はあまり作ったりしなかったので、そっちが似たのかもしれません」

 夏休みのレポートや作品制作で陶芸に関するものを作ったりしていた。家で作品作ってくる宿題が二年出た時は、器を二連続で作ろうとはしなかったけど。

 なんか引っかかった。けどまだ曖昧だ。

 才木が眉間に手を当てた。それから渋い顔に変わる。

「……これは答えたくなければ答えなくていいけど、お父様はおじいさんと仲が悪かった?」

 突然踏み込んで来たな。正直答えてもいいけど、一応こっちも質問で返す。

「解読のために必要ですか」

「うん。こういった普段使いの者への封印って、鍵は本人情報に紐づくものが多いんだ」

「パソコンの誕生日パスワードみたいに?」

「そう。最近だと会社の機密の書かれたダイヤル付きの封印書の内容が敵対会社によって流出。理由はパスワードが社長の子どもの誕生日の年と、誕生日の月日をかけたものだったから」

「セキュリティがぼろぼろじゃないですか」

「年と月日が両方とも素数だから試してみたらしいよ」

 逆暗号化だ。暗号化のためには大きめの素数を掛ける必要があるのに。

「これがさらに個人のノートになると、今だけ、自分だけが開けられる魔術の可能性だってある。だから単に技術を知っているだけじゃなくて、制作者の人となりについて、場合によっては生きていた事態についても知る必要もあるんだ」

「秘密の質問みたいなものですか」

「そうそう」

 パスワード忘れた際に、登録時に記入した個人的な質問が出てくることがある。半分は忘れているけど、確かに俺を知らない限り解けない。今回の場合サーバーは存在しないようだから、ほぼ不可能だ。

「だから学君の父親について可能な限り知りたいんだ」

 才木の目は真剣だった。嘘をついているわけではない。でも演技派子役とも活躍していたから、どこまで信じるべきか。

 ただ、どっちにしろ俺は話せなかった。

「……俺は何も知らないですよ。父は俺に自分のことを話さなかった」

「本当ですか」

「本当です。祖父に聞いた方がいいです」

 基本俺に対して言葉はなかった。

 才木は腕を組んで、それから頷いた。

「では研究所を調べましょう。言葉が無くても、癖や思考というものはどこかに残ります」

「それでいいんですか?」

「はい」

 方針が決まったのか、研究所の方へ視線を向けた。

「案外、言葉よりも物の方が正直ですよ」

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