一目惚れ

@kuryu19375

一目惚れ

「ガレージって何でござるか、ミツワ殿」

「ああああっ、外よ外! 車止めるところあるでしょ、そこの……」

「『くるま』とは」

(ダメだ話通じねぇー!!)


 焦ったミツワは、剣士の腕をぐっと掴んで駆け出した。

 剣士。この現代日本の室内に突如現れた『剣士』。剣を持ってる男。そう、なんか知らないがゲームに出てきそうな両刃の剣と金属胸当てを装着した男!

 そして、なんか知らないが、おかしな敵を迎撃しようとしているらしい男――!!


「み、ミツワ殿、これは大胆な」

「やかましいやかましい! 部屋ン中でそんなでかいの振り回すつもりでしょーがっ、この時代錯誤の非常識人! やっぱ首輪付けとけばよかったー!」

「な!? なんとミツワ殿、それがしを縛しては『敵』の思うツボにござる! これこの通り、我が剣の腕に一切の曇りなし! これにて『敵』の排除を――」

「許可できるわけないでしょッ!! いいからこっち来る! あんたハタから見りゃ不審者なんだから!」


 叫びながらミツワは剣士を引き連れ、自室の扉から飛び出した。

 夜のアパート、風は冷たい。金切り声を出してしまったが、ご近所の玄関が開かれる気配はなかった。厄介事はスルーしたいのだ、その無関心が今はありがたい。


「いい、剣士!」

「『コウシ』でござる、ミツワ殿」

「名前聞いたんじゃないっての! とにかく下行くからついてきて!」

「むむ! 合点承知でござる!」


 と、剣士はすぐに速度を上げた。驚いたのはミツワの方である、階段の手すりを足場にひょいひょいと降りて――むしろ落ちていく剣士の姿は、確かにただ者ではないと思わせる。

 が。


 ゴガッゴン!!


「…………」

 結構な下から響いてきた音に、ミツワは思わず硬直した。

 古アパートである。階段の整備すら、お世辞にも良いとは言えない安アパートである。そんなところで、大層な剣と金属鎧に身を固めた大の男が、三階から一階まで加速つけて落ちていったのだ――手すりを足場にして。

 そしてさっきの派手な音。考えられる事態は……。


「……厄介事がひとつ消えた、って思ってますよね。家主さま」

「背後から声かけてくるアンタは何者ですか」

「コウシの妹です」


 階段の途中であるが、振り向けばそこには見目麗しい少女がぺこりと頭を下げている。ゆるいウェーブのかかった金髪に純白の鎧、ミニスカートにタイツにロングブーツと、これまた現代日本にそぐわない恰好である。


「この度はご迷惑をおかけしました、ミツワさま。ともかく、これ以上は御手を煩わせませんので」

「……謎の敵、いるんじゃないの? こういうパターンって私が戦闘に巻き込まれて戦士として覚醒したりしないの?」

「巻き込まれたいですか?」

「絶対イヤ」

「ではそれで」


 カツカツと靴音を立てて、普通に降りていく金髪妹。

 ミツワはため息をつき、自室に戻ろうと扉を開け――なんとなく気になったので身を翻し、金髪妹の後を追った。

 一階まで辿り着くと、折れて斜めにコンクリートに突き立った元・手すりと、完全に目を回しているコウシと、そのコウシをよっこらせと背に担ぎ上げている金髪妹の姿が目に入った。


「あれ、ミツワさま」

「あー、いや興味あるってわけじゃなくてさ。……忘れた方がいいんだよね? 今日のこと」

「今日とは」

「ガッコから帰ってきたらその剣士が何故かウチの部屋にいて、敵が来るから君を守るでござるとか言い出して、私もなんか物凄く嫌な視線とか悪意みたいなの感じて、とにかく密室かつ広い場所が手近にあれば移動したいって言われたから、隣の大家さんのめちゃ古いボロガレージならいいかもって紹介したけど、勝手に剣士がかっこよく移動し始めたと思ったら手すりブチ折ってたんこぶ作って気絶して、妹さんが妙に冷静に剣士を回収しに来た、というこの一連の状況」

「なるほど」


 兄を完全に背負った金髪妹は、肩に乗せている気絶中の男の顔をちらりと見た。


「そもそも我が兄は妹から見てもドン・キホーテといいますか、ちょっとのことを仮想敵に仕立てる癖があるのです」

「はあ」

「なので先程あなたがおっしゃった『一連の状況』は、すべてにおいて忘れてしまった方が互いのためです。忘れられそうにないなら、強制忘却の装置もありますが」

「いらないいらない。もう夢だったって思うよ」

「そうですか。では」


 兄を背負ったまま、金髪妹は再度器用にお辞儀をし、そのまま姿を消してしまった。

 そう、文字通り、消えてしまったのだ。場に残るはミツワ自身と、破壊され斜めに突き立った手すりのみ。


「あー」


 手すりの接続具が、かなり無残に壊れている。


「大家さんになんて言えばいいんだろ……」





 と、気にしたのもつかの間。手すりの件は老朽化による破損と片付けられ、ミツワはおとがめなしになった。

 更にそれから数年経ち、ミツワは就職のため引っ越すことになった。

 時間は飛ぶように過ぎていった。あれきり妙な剣士も妙な金髪妹も出てこない。


(だけど)


 あの時、ミツワは確かに感じたのだ。嫌な視線を。悪意を。

 そして剣士コウシが「守るでござる」と言ってくれたのも、確かな事実であるはずなのだ。

 一体、どこで何が進行している? 忘れようとしても、何かの拍子にふと気になってくるのだ。もしかしたら、あの時あの兄妹についていったなら……就職なんてせず、世の中の裏で戦うエージェントみたいな凄い人間になれていたのではないか?

 最後の日、アパートを出たミツワは、ふと思い立って隣の大家のガレージをちらと覗いた。よくわからない剣士とモンスターとの戦いの痕跡が、もしかしたらあるんじゃないか、と思ってしまったのだ。

 もちろん、何もなかった。

 中古の車と、その整備用具があるだけで。


「……そりゃそうだよねぇ」


 季節の変わり目の大風に吹かれながら、ミツワは歩き出した。歩き、歩き、やがて速度を上げ、走り出す。思春期の幻、非日常への憧れ、そんなものは子供の時代に置いていけば良いのだ。これから自分は社会人だ。ちゃんと現実を生きねば――

 と思いながら走っていたのが悪かったのか。


 ゴズッ!!


 大風で飛んできたポリバケツがミツワの側頭部に直撃し、吹っ飛んだミツワの体は車道へ吹っ飛び――妙な弾力にほよんと押し返されて歩道へと戻った。

 だが、その奇妙な状況を見た者はいなかった。ミツワは側頭部強打の瞬間に気絶しており、通行人はいなかった。ポリバケツは路上をごろごろと転がっていった。

 倒れ伏したミツワは、しばし一人で倒れたままだったが、匿名の電話によって救急車が呼ばれ、事なきを得た。――一部の記憶が抜け落ちた以外は。





「はい、これで痕跡も抹消完了です。もう一目惚れの女にいいとこ見せようとか思って敵を呼び寄せたりなんかしたらダメですよ、愚兄」

「酷いでござる、あまりに無慈悲でござる。ミツワ殿はそれがしのことを覚え続けてくれたというのに」

「そうやってエージェント増やそうとするから『禁じ手』になったんだって、何度も何度も何度も何度も言われてるでしょうが!! 次やったらあんたの方の記憶飛ばすからね!!」

「酷いでござる!! 我が妹とはいえ!!」

「あんたの尻拭い続けてる妹の身にもなってよ!!」





 ……そして。

 今日もまた、変わらぬ陽が昇る。

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