8
ぼくは、はりぼてに格納されたままの状態で見つかったらしい。ご丁寧に、外から厳重に閂を掛けられた状態で。
ぼくが気絶している間にビルの一味たちはしょっぴかれた。何でも、空っぽのはずの輸送車の中に、SWATがぎっしり詰まっていたとか。
いなくなったのはハリーだけだった。
脱獄の報道は連日ニュースを賑わせたそうだ。奇術師が刑務所から蒸発、しかも目撃者ゼロ。終身刑だったことも相まって、フロリダ全域でしばらくのあいだ厳戒態勢が敷かれていたという。
長きに渡る尋問を終えて出てみたら、妙な噂が流れていた。
曰く、密告者はハリー・ハットンだった。そして、そのまま数日看守に匿ってもらったあと、全く関係のない部品輸送トラックに乗って、堂々と外に出ていった。大規模な脱獄を止められなければに汚名になるが、自称奇術師がひとり勝手に消えるのは逸話だ。
噂には尾鰭がつくもので、おそろしく荒唐無稽な話も聞いた。――脱獄には成功したがCIAにとっ捕まり、ライカ犬よろしく有人飛行の実験台に使われたんだとよ。今頃はもう月に衝突して、乾いた海の砂粒になってるのさ。
どんな顔で聞けというのだろうか。ぼくは少なくとも、ハリーがどこへ行ったのか、知っていた。あいつは自分で自分を盗んで、あのわけのわからない空間でぷかぷか浮かんでいるのだ。
耳が腐りそうな与太を一通り聞かされへろへろになりながら雑居房に帰った。でかい犬っころが居なくなった部屋の広いことといったら! あいつが共用のはずの空間をどれだけ不当専有していたかをまざまざと思い知った瞬間だった。
そして、消灯の点呼を終えてベッドに入ったとき、不意に、あいつは本当にいなくなったんだ、と思った。
寝返りをした途端に、乾いた音がした。うつ伏せになってシーツの下をまさぐってみると、フレームの隙間に紙が挟まっていた。
涙ぐみそうになった。置き手紙をするほどの計画性がやつに存在したことに感動したのだ。一種の親心かもしれない。
そして朝になるまで待って中身を読んだ。
自由時間に木陰で本を読んでいたら、スマイリーが近づいてくるのが見えた。彼はぼくの隣に座ると、林檎をひとつ手渡してきた。
彼は、ハリーが居なくなったあとも相変わらず日々怪しい笑顔を絶やさず、悪くもなく良くもない囚人であり続けていた。
「あなたが消えなくてよかったと思ってるんですよ、私は」
「ご親切にどうも」
俺は林檎をかじる。うそみたいに甘いし、虫食いもない。ハリーがどこかから持ってくるやつとは大違いだ。
「何か見ましたか?」
「一生分の奇術を見せてもらったよ」
「奇術、ですか」
こいつはなぜハリーの身辺を嗅ぎ回っていたのだろう、と考えていた。
サーカスの関係者だったら、ハリーももっとわかりやすく振る舞うだろう。だからその線はない。可能性が高いのは、サーカスが隠滅した証拠のどれかを追い求めている警官かスパイ。それから、可能性は低いだろうが、ぼくのお気に入りの説はⅩ-MENのような超能力ヒーロー集団から派遣されたというものだ。監視者としてハリーの能力の暴走を食い止める責務を負っている、というわけだ。
まあ、どれでもいい。本当のことを言うつもりはなかった。言ったところでもう、何も手出しはできないだろうから。
「あいつは、がらくたの国に帰った。見た限りじゃ、使えるものは何もなさそうだった。ゴミ捨て場みたいなもんだよ」
だから、さしあたって言えることはこのくらいだ。
ブザーが鳴る。スマイリーは立ち上がって囚人服についた土を手で払うと、ぼくに手を差し出した。
「それがどこにあるのかってことは、あなたに訊ねても仕方がないんでしょうね」
ぼくは頷き、スマイリーの手を取った。
何もわからないのだ。置き手紙にしたって、あいつは何も教えちゃくれなかった。書いてあったのは、たったひと言だけ。〈種も仕掛けもありません〉。
たいしたもんじゃないか、奇術師ハリー・ハットン。
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