5
その晩、上の段に昇ってきたハリーに思わず掴みかかった。
終身刑ってどういうことだよ。
ハリーは目をぱちくりしながら、言ってなかったっけ、と間抜けなことを言った。
まあ、いい。あんた、出られるぞ。
え?
壁抜けだよ。
ビルの計画はこうだった。――決行は公開デーの試演会だ。講堂のドアを全て外側からロックし、自由に行動ができる看守たちの数を減らす。その間に内部を制圧し、脱走する。その日は部品を運び出すトラックが来ることになっている。その運転手が通るルートは把握済で、外にいるビルの子分がトラックを奪う手筈になっている。
ぼくの担当は、『脱出ショー』のラストで舞台の下を通って講堂を抜けたあと、囚人たちの雑居房をピッキングしていくことだった。
ピッキング?
言っただろ、空き巣で捕まったって。いいか。明日は、ビルたちについていけ。話はついてる。ぼくはこっちに戻って鍵開けをやって、そのまま雑居房に戻る。
きみは逃げないの?
ああ。何も手伝ってない。何も知らなかった。……そう言うさ。
ふうん。
他人事のように反対側へと寝返りを打ったので、ぼくは肩を揺さぶって無理矢理こちらを向かせた。
真面目に聞けよ。
でも、おれは別に逃げたくないよ。ずっとここに居たって構わない。
どうして今日に限ってこんなに意固地なんだ。だってあんた、みんなの代わりに捕まってやったんだろ? それとも、ほかにお迎えに来てくれる約束でもあるのかよ。
言ってることがわからないよ。
遠くの雑居房で、レコードプレイヤーがラグタイムを流しはじめる。看守の見回りはさっき居なくなったばかりだ。めいめいが夜更かしをはじめる気配を感じる。
ハリーが黙ってぼくを引き寄せる。何を言ったらいいのかわからなくなって、ぼくはそのまま鼓動を聞きつづける。
なあ、ハリー。ぼくはあと半年しかここに居られないんだ。あんた、ぼくが居なくなったらどうするつもりなんだよ。逃げられるチャンスなんて、もう来ないかもしれないだろ。どんなやつがぼくの後に入ってくるかなんてわからない。ビルが出て行ったあと、ここがどうなるかもわからない。あんたを逃がそうなんて、誰も言ってくれないかもしれないじゃないか。
心臓がかすかに跳ねたけれど、答えは何もなかった。
ラグタイムが終わる。看守の見回りはもうすぐだ。
ハリーは下段に足を降ろしながら、きみも一緒に逃げるなら考えようかな、と言った。
ああ、そうするよ。
ぼくはハリーの黒い影に向かってそう返事をした。もちろん嘘だ。奪おうとしている補給車の定員はもう、ハリーを含む数人に割り当てられている。
ぼくの刑期は多少伸びるだろうが、多分終身刑になるほどではないだろう。ナイフで脅された、とでも言えばいい。
その晩は悪夢をたくさん見た。
不安だったのだ。道具はビルから渡してもらったが、鍵開けが上手くいかなかったら逃げ遅れるやつがたくさん出る。
看守に撃たれる夢。鍵が開かない夢。車が来なくて揃ってお縄になる夢。
脱出ショーで出るのに失敗する夢は、ちょっとおかしかった。宇宙船に突き刺そうとして大きく剣を振りかぶったハリーが、ぼくがまだ中にいることに気付いて、真っ青な顔をする。ハリーが本気で焦っているときの顔ほど面白いものはなかなかない。ぼくは硝子越しに噴き出しそうになる。そうこうしているうちに、剣は慣性の法則に従って宇宙船に突き刺さる。
突然、ぼくの身体が羽毛のように軽くなる。そのまま見えない力に引っ張りあげられて宇宙船を突き抜け、講堂の天井を突き抜け、空を昇り、月を通り越し、星々の間をすり抜けて、やがて何も見えなくなる。
ああ、ぼくはついに消されたのだ、と思った。
悪い気持ちではなかった。安らかな気持ちですらあったかもしれない。ほらな、いつかこうなると思ってたよ。
それにしても、もう少しタイミングを考えてほしかった。刺すくらいなら消してしまおうと思ったのか?
そんなことを考えていたら、暗闇の中で何かが動いた。耳元にあたたかい息が掛かる。
うなされてたよ。
ようやく、とっくに夢から醒めていたことに気付いた。こいつ、どのくらいぼくのことを見下ろしていたんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます