その晩、上の段に昇ってきたハリーに思わず掴みかかった。

 終身刑ってどういうことだよ。

 ハリーは目をぱちくりしながら、言ってなかったっけ、と間抜けなことを言った。

 まあ、いい。あんた、出られるぞ。

 え?

 壁抜けだよ。

 ビルの計画はこうだった。――決行は公開デーの試演会だ。講堂のドアを全て外側からロックし、自由に行動ができる看守たちの数を減らす。その間に内部を制圧し、脱走する。その日は部品を運び出すトラックが来ることになっている。その運転手が通るルートは把握済で、外にいるビルの子分がトラックを奪う手筈になっている。

 ぼくの担当は、『脱出ショー』のラストで舞台の下を通って講堂を抜けたあと、囚人たちの雑居房をピッキングしていくことだった。

 ピッキング?

 言っただろ、空き巣で捕まったって。いいか。明日は、ビルたちについていけ。話はついてる。ぼくはこっちに戻って鍵開けをやって、そのまま雑居房に戻る。

 きみは逃げないの?

 ああ。何も手伝ってない。何も知らなかった。……そう言うさ。

 ふうん。

 他人事のように反対側へと寝返りを打ったので、ぼくは肩を揺さぶって無理矢理こちらを向かせた。

 真面目に聞けよ。

 でも、おれは別に逃げたくないよ。ずっとここに居たって構わない。

 どうして今日に限ってこんなに意固地なんだ。だってあんた、みんなの代わりに捕まってやったんだろ? それとも、ほかにお迎えに来てくれる約束でもあるのかよ。

 言ってることがわからないよ。

 遠くの雑居房で、レコードプレイヤーがラグタイムを流しはじめる。看守の見回りはさっき居なくなったばかりだ。めいめいが夜更かしをはじめる気配を感じる。

 ハリーが黙ってぼくを引き寄せる。何を言ったらいいのかわからなくなって、ぼくはそのまま鼓動を聞きつづける。

 なあ、ハリー。ぼくはあと半年しかここに居られないんだ。あんた、ぼくが居なくなったらどうするつもりなんだよ。逃げられるチャンスなんて、もう来ないかもしれないだろ。どんなやつがぼくの後に入ってくるかなんてわからない。ビルが出て行ったあと、ここがどうなるかもわからない。あんたを逃がそうなんて、誰も言ってくれないかもしれないじゃないか。

 心臓がかすかに跳ねたけれど、答えは何もなかった。

 ラグタイムが終わる。看守の見回りはもうすぐだ。

 ハリーは下段に足を降ろしながら、きみも一緒に逃げるなら考えようかな、と言った。

 ああ、そうするよ。

 ぼくはハリーの黒い影に向かってそう返事をした。もちろん嘘だ。奪おうとしている補給車の定員はもう、ハリーを含む数人に割り当てられている。

 ぼくの刑期は多少伸びるだろうが、多分終身刑になるほどではないだろう。ナイフで脅された、とでも言えばいい。

 その晩は悪夢をたくさん見た。

 不安だったのだ。道具はビルから渡してもらったが、鍵開けが上手くいかなかったら逃げ遅れるやつがたくさん出る。

 看守に撃たれる夢。鍵が開かない夢。車が来なくて揃ってお縄になる夢。

 脱出ショーで出るのに失敗する夢は、ちょっとおかしかった。宇宙船に突き刺そうとして大きく剣を振りかぶったハリーが、ぼくがまだ中にいることに気付いて、真っ青な顔をする。ハリーが本気で焦っているときの顔ほど面白いものはなかなかない。ぼくは硝子越しに噴き出しそうになる。そうこうしているうちに、剣は慣性の法則に従って宇宙船に突き刺さる。

 突然、ぼくの身体が羽毛のように軽くなる。そのまま見えない力に引っ張りあげられて宇宙船を突き抜け、講堂の天井を突き抜け、空を昇り、月を通り越し、星々の間をすり抜けて、やがて何も見えなくなる。

 ああ、ぼくはついに消されたのだ、と思った。

 悪い気持ちではなかった。安らかな気持ちですらあったかもしれない。ほらな、いつかこうなると思ってたよ。

 それにしても、もう少しタイミングを考えてほしかった。刺すくらいなら消してしまおうと思ったのか?

 そんなことを考えていたら、暗闇の中で何かが動いた。耳元にあたたかい息が掛かる。

 うなされてたよ。

 ようやく、とっくに夢から醒めていたことに気付いた。こいつ、どのくらいぼくのことを見下ろしていたんだろう?

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