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しばらく平穏な日々が続き、1年とちょっとあったぼくの刑期もほとんど半分になった。 ハリーの周りではたまに物がなくなることはあったが、そんなに大きな問題にはならない、つまらない共用品なんかがなくなっていることに気付く程度のものだった。
囚人たちは乏しい自由時間をやりくりして、一般公開デーに向けた出し物の練習に励んでいた。
本当にこいつはサーカスの奇術師をしていたのか、と思うような不器用ぶりだった。物を落とす。見られちゃいけないところに視線を誘導する。庭でつかまえてきた鳩は、なぜかハリーの頭を執拗に攻撃しはじめる。
「何が奇術師だ」「おれの方が上手いぞ」「あんた、もしかして本当は道化師だったんじゃないか」
まわりで合唱やらタップダンスやらを練習していた他の受刑囚たちがそう囃し立てると、ハリーは、久しぶりだからね、と頭を掻く。
ぼくはハリーのアシスタントをやる予定だった。箱に閉じ込められた美女が鍵を閉めた箱の中に入って、剣を突き刺される。箱の下には通路があって……というアレだ。
もちろん刑務所の講堂に奈落があるわけではないが、床下へとつながる跳ね上げ式の扉がある。床下にはかがんで通れるくらいの空間があり、下手の壁に小さな扉が設けられている。それは講堂の隣にある、普段使われていない部屋に通じている。
講演とか慰留コンサートの出演者が囚人に会わずに出られるよう作られた通路だ。
舞台袖に待機していて、呼ばれたら舞台に上がって、中に入るだけでいいと言われた。しかし、この調子ではハリーがぼくに剣を刺すのではないかと気が気でなかった。この調子じゃやりかねない。
「おい、ロビン。出来上がりを確認してほしいんだが」
遊戯室にビルの子分のひとりが入ってきた。ビルの一味は工芸の展示のために家具を早々に作り終わって暇そうにしていたから、仕掛け箱を作ってもらったのだ。
作業場に向かうと、ビルが子分たちを侍らせて休憩をしているところだった。
「おやおや。ヒギンズくん。ご足労いただいてすまないね」
ぼくは箱の出来上がりを見て思わず唖然とした。
「どうだ? 言われた通り作ったぞ」
感想を求められ、ぼくはビルの方を振り返る。
「皮肉が効きすぎてないか?」
ハリーがお願いするところを横で見ていたからわかる。確かに、顔が見えるよう穴が開いている。蝶番で開け締めができるようになっていて、閂は三箇所に据え付けられている。しかし、全体のデザインを見れば、全くもって想定したとおりではなかった。
表面には鉄板で覆われ、頂点には赤い三角柱、足の方にはバイクのマフラーのような円筒が三つ。ご丁寧に、顔のところには硝子板が嵌め込んである。
ビルたちは宇宙船を作ったのだ。
「剣を持った奇術師に襲われて
「NASAのやつらが見に来たらどうするんだよ」
「まあまあ。内側の塗装もしてほしいってことだったよな? 相談があってな。これを見てくれよ」
ビルが紙を広げた。
見覚えのない図形をしげしげと眺めた。はりぼての設計書には見えなかった。
刑務所の図面だ、と気付くまでにしばらく掛かった。そこに、何やら赤い印や暗号めいた数字が書き込まれている。
脱獄か。
横目で看守を伺ってみると、居眠りをしているようだった。顔を上げると、真正面からビルの目とぶつかる。
「手伝ってくれるか?」
「いやだね」
「何でだ。またとないチャンスなのに」
「ぼくはどうせあと半年とちょっとで出られる」
「あんたはそうでも、あのデカブツはそうじゃないだろ?」
ぼくは押し黙った。訊いてもはぐらかされるばかりで、興味を失っていたのだ。
「長いのか?」
「終身刑だぜ、奴さん。お前さん、何も聞いてないのか?」
よっぽど妙な顔をしたのだろう。ビルがヤニで茶色くなった歯を見せて笑った。
なんせ、美術館とかジュエリーショップで何かをうっかり消してしまって、うまいこと説明ができなかったとか、そんなところだろうと思っていたのだ。
ビルが相好を崩し、机に肘をつく。
「ハリーが働いてたサーカス団は大人気だった。都市と都市を股にかけて連日大賑わい。それがある日、突然丸ごと蒸発しちまった。あいつ一人を残してな。
ただのサーカス団なら、夜逃げで済んだろう。でもそのサーカス団はある種のフロント企業だったのさ。実情はこの世のありとあらゆる罪が羽ばたく巣箱だった。
盗み。殺し。安っぽい頼まれごとから大きなヤマまで、何でも請け負うって話だった。おれも聞いたことがあるくらいだ……そんな大層な組織が忽然と消えたんだ」
生まれついての奇術師だからね。
「ハリーが何かしたって証拠は」
「失踪人についてはよく知ってたみたいだな。でも、「死んだ」と言い張るばかりで、どこに死体があるかはついぞ吐かなかったらしい。サーカスがどこに行ったかについても、取調べでも裁判でもだんまりだ。
まあおおかた、囮にされたんだろ」
遠く、遊戯室のほうで歓声が上がるのが聞こえた。あいつ、あっちでいじめられてるんじゃなきゃいいけど――そんなことを考えているうちに、口が勝手に動いていた。
「ぼくに何をしろって?」
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