第39話 変わりゆく心と新たな世界

青く澄んだ空にうろこ雲が広がった。

遠くの山にさしかかる雲が綿あめのようだ。


水がバシャバシャと空に舞い上がった。ホースを縮めるとシャワーのように水しぶきが飛ぶ。太陽の光の反射に反応して虹が見えた。


「息吹、かけないでよぉ」

「これが楽しいんでしょう!」

 4歳になる弟の水輝みずきに息吹が持つホースの水に頭からかかった。庭にビニールプールを広げて、赤い水泳をかぶり水着を着て、水遊びを兄弟と遊んでいた。


 すべての世界がリセットされたと思っていた息吹は、目を覚ますといつもの日常が送られていた。朝にイライラしながらお母さんに起こされて、寝ぼけ眼でパジャマから服に着替える。4歳になる弟と喧嘩しながら、朝ごはんを食べる。今日は日曜日、朝早くから出勤前のお父さんがビニールプールに水を入れてくれた。昨夜寝る前にプールに入るのを楽しみにしていたらしい。その記憶はない。悪魔の世界にいたはずだった。何だかとってつけたようなそんな感覚だ。でも水輝は楽しみにしていたんだと訴えている。これは夢なのか。現実なのか。息吹はわからなくなったが、とにかく今は楽しいことに集中しようとクロンズたちとの出来事を頭の片隅に追いやった。


「今度はジョーロに水入れるからね」

「あ、ぼくもやる!!」


 スイッチを切り替えて、太陽がさんさんと光る庭でプール遊びに夢中になった。水鉄砲をお互いに打ち合って、顔に濡れるのがこんなに楽しかったのかと思う存分に夢中になった。笑い声が響いていく。


 息吹は、いつもなら、ネガティブなことがあると、呼吸が苦しくなったり、発作が起きていたが、弟と喧嘩しても何も起こらなくなった。適当に流すこともできるようになる。怒っても泣いても、平気な自分になっていくのが感覚でわかった。なんだか不思議な気持ちになる。



◇◇◇


午前8時。学校に通学する生徒で通学路がいっぱいになった。奏多は、ランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶって、深呼吸をして、校門を入った。あっちやこっちで上級生や同級生のみんなが通り過ぎていく。人と関わるのが苦手な奏多はいつもお母さんの車で送られていた。今日は珍しく徒歩通学だ。何だか、今日は行けそうな気がして、勇気を出して、歩いてみた。想像していたより平気だ。何を悩んでいたのかと逆に過去の自分が不思議に思った。それでも片手にはルービックキューブを忘れていない。今は、色を合わせることよりもキューブの感触で落ち着きたい。


「あ、奏多くん。おはよう」

 話したこともないクラスメイトの女の子に話しかけられた。名前も知らない。

「……」


 緊張して話せない。口を紡ぐ。


由紀奈ゆきな。あたし、由紀奈だから。ね。奏多くん。一緒に行こう」


 何かを察してくれたのか手をつないでくいっとひっぱった。いつもの奏多なら完全に拒否する。拒否する理由が見つからなかった。


「あのね、今日の給食はハンバーグなんだって。楽しみだよね」


 満面の笑みを浮かべる由紀奈だ。奏多も思わず笑顔になる。


「……う、うん」


 奏多の中の心の世界が変わった瞬間だった。同じクラスメイトたちは以前よりも増して、笑っている。奏多も顔が緩んだ。挨拶もなかった教室にざわざわと奏多の周りに集まってきた。こんなに人が集まることがなかった奏多にとって信じられなかった。うれしすぎてジャンプする。


「奏多くん、高いジャンプ力だね」


 担任の先生に褒められた。今まで暴れて静かにと注意されることが多かった。信じられないくらいに人として認められたみたいでものすごくうれしかった。奏多の口角が上がり続けている。



 





 

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